島根県立図書館 ― 松江城を望むモダニズム建築の名品
国宝・松江城の天守を仰ぎ、堀川の流れに沿って歩いていくと、重厚な石垣や武家屋敷の景観のなかに、ひときわ水平線の美しい建物が姿をあらわします。深い庇、列をなす壁柱、そして中央ロビーを覆う大きな鉄骨屋根 ― 1968年(昭和43年)に竣工し、2021年に国の登録有形文化財となった島根県立図書館です。設計を手がけたのは、戦後日本を代表する建築家の一人、菊竹清訓氏。現役の公共図書館として多くの県民に親しまれながら、日本近代建築史を語るうえで欠かせない建築でもあります。
県内随一の歴史を持つ図書館
図書館そのものの歴史は、現在の建物よりずっと古くまでさかのぼります。1873年(明治6年)、県内に開設された「島根県立松江書籍縦覧所」は、国内でも最も古い公立図書館のひとつに数えられています。その後、1899年(明治32年)には地元有志による私立松江図書館へ、1946年(昭和21年)には島根県立松江図書館へと発展し、1950年(昭和25年)に現在の島根県立図書館へと名称を改めました。
長らく松江城山公園内にあった図書館は、1966年(昭和41年)に郊外へ移転した松江刑務所の跡地へ新たに建つことになります。この土地はもともと松江藩の薬草園があった場所で、松江城の内堀を挟んで天守を望む、歴史の層が幾重にも重なった敷地でした。新館は1968年10月に開館し、以来半世紀を超えて松江の文化を支え続けています。
設計者・菊竹清訓について
設計者の選定は、この建築の性格を決定づける重要な要素でした。菊竹清訓氏(1928–2011)は、自邸「スカイハウス」や大阪万博のエキスポタワーで知られる戦後日本を代表する建築家です。黒川紀章氏らとともに建築の新陳代謝を提唱した「メタボリズム運動」の中心人物のひとりで、国際的にも広く評価されました。
菊竹氏は島根と深いつながりを持ち、県内では1958年の旧島根県立博物館(現・島根県庁第三分庁舎)をはじめ、旧出雲大社庁の舎(1963年)、県立武道館(1970年)、田部美術館(1979年)、出雲大社神祜殿(1981年)、そして宍道湖畔の島根県立美術館(1999年)まで、長期にわたって優れた公共建築を手がけました。県立図書館はその山陰シリーズの中核をなす作品であり、現代建築と伝統的な日本の街並みとの対話を深く探究した傑作として知られています。
文化財に登録された理由
2021年6月24日、島根県立図書館は国の登録有形文化財に登録されました。登録の対象となったのは、建築としての完成度の高さに加え、菊竹氏の充実期の公共建築として貴重な遺構であるという点です。登録時の解説では、とくに次の三点が評価されています。敷地形状に合わせて配置されたL字型の閲覧室モジュール、鉄骨屋根を架けて展示・休憩空間として活用される中央ロビー、そして松江城山公園への眺望を確保するために揃えられた外部壁柱です。
つまりこの建築は、外観の美しさだけでなく、その平面計画の知的な明晰さゆえに価値を認められているといえます。堀川に沿って雁行する外観は、かつて識者に桂離宮書院の意匠を思わせると評されたように、最先端のモダニズム建築と日本の伝統建築の気品とが、静かに響きあっています。2013年には第13回日本建築家協会25年賞も受賞しており、時を経ても色あせない価値を持つ建築であることが改めて示されました。
見どころ ― 建物内外を歩いて味わう
現役の図書館であるため、開館時間中であれば誰でも自由に内部を見学することができます。以下にとくに注目したい場所をご紹介します。
玄関ホール
大屋根の骨組みがあらわになった吹き抜けのロビーは、この建築の中心的な空間です。2階へと伸びるメイン階段は、徹底的に無駄を削ぎ落とされた段床が、鉄筋コンクリートとは思えない軽やかさを放ちます。階段裏の造形は、一個の抽象彫刻のようだと建築家たちから評されてきました。開館当初からこの場所は新聞閲覧や企画展示の舞台として活用され、図書館を単なる蔵書施設ではなく、人々が集い過ごす社交的な場にしたいという設計者の思想がよく表れています。
L字型の閲覧室
閲覧室の配置は、菊竹氏の設計思想をもっともよく伝える部分です。氏は、利用者の調べものを手伝うレファレンスサービスがこれからの図書館の要になると先読みし、閲覧室をL字型に計画。その要の位置に司書席を配することで、ひとりの司書が両翼の利用者を同時に見渡し支援できる仕組みを生み出しました。L字のユニットが敷地に沿って連なる様は、静かで端正なリズムを刻んでいます。
松江城への眺望
外観を一周して眺めてみると、むき出しの壁柱が、堀の向こうに聳える松江城の眺望をさえぎらぬよう、整然と揃えられているのに気づきます。1960年代の公共建築としては珍しいほどの周辺配慮であり、半世紀を経てもこの建物が城下町の景観に溶け込んでいる大きな理由のひとつです。
ブラウジングコーナー
2階中央カウンター前には、来館者が雑誌を手にしてくつろげるブラウジングコーナーが設けられています。幾何学的に区切られた採光窓から差し込む柔らかな光が独特の空気感を生み、長く通う利用者にとって忘れがたい空間となっています。
訪問にあたって
島根県立図書館は現役の公共図書館です。見学の際は、閲覧や学習中の方々の邪魔にならないよう、静かに建物内をお歩きいただくことをおすすめします。撮影の可否や条件については、カウンターで確認なさるとよいでしょう。
所在地は松江市の中心部で、一畑電車の松江しんじ湖温泉駅から徒歩約13分、JR松江駅からも徒歩で25〜30分ほどです。レイクラインなど市内循環バスの停留所も近くにあります。来館者用の駐車場も用意されており、松江城からも平坦な道で歩いてお越しいただけます。
周辺の見どころ
この図書館を訪れる楽しみのひとつは、日本有数の城下町の中心部に建っているということです。徒歩圏内には次のような名所が点在しています。
- 松江城 ― 国宝に指定された天守を今に伝える、現存十二天守のひとつ。
- 松江城堀川めぐり ― 松江城を囲む堀をゆったりと巡る遊覧船。図書館のすぐ近くを通ります。
- 塩見縄手 ― 松並木の続く武家屋敷通り。北堀川沿いに趣ある景観が残ります。
- 小泉八雲記念館・旧居 ― 松江を愛した文学者ラフカディオ・ハーンゆかりの地。
- 松江歴史館 ― 松江の城下町の歴史を学べる、情報の充実した歴史博物館。
- 島根県立美術館 ― 菊竹氏の後年の代表作。宍道湖畔に建ち、美しい夕景でも知られています。
松江城、県立図書館、そして県立美術館を一日で巡れば、四百年を超える日本の建築文化の流れを一度に体感できる、奥深い散策となるはずです。
Q&A
- 利用者カードを持たなくても館内を見学できますか?
- はい。ロビーや閲覧室など公共スペースの入館は、開館時間内であればどなたでも無料でご利用いただけます。資料の貸出には利用者登録が必要です。
- 日本語が分からなくても見学できますか?
- 建築そのものは言語に関係なく楽しんでいただけます。一部の案内表示は多言語に対応しており、詳細な質問はカウンターでご相談いただくとよいでしょう。
- 館内での写真撮影は可能ですか?
- 撮影の可否は時期により異なる場合があるため、必ずカウンターでご確認ください。また他の利用者や個人情報が写り込まないようご配慮ください。
- 建築を楽しむにはどの時間帯がおすすめですか?
- 午前遅めから午後の早い時間帯がおすすめです。光が壁柱にくっきりと陰影を落とし、外観の幾何学的な構成がよくわかります。松江城山公園の散策と組み合わせると、より充実した時間をお過ごしいただけます。
- 近くに他の菊竹清訓作品はありますか?
- はい。同じく登録有形文化財である島根県立武道館、旧島根県立博物館(現・島根県庁第三分庁舎)、そして宍道湖畔の島根県立美術館も菊竹氏の設計です。松江市は氏の仕事をたどる屋外ミュージアムのような都市といえます。
基本情報
| 名称 | 島根県立図書館(しまねけんりつとしょかん) |
|---|---|
| 指定 | 登録有形文化財(建造物) 2021年(令和3年)6月24日登録 |
| 設計 | 菊竹清訓(1928–2011) |
| 竣工 | 1968年(昭和43年)10月 |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造一部鉄骨造、地上2階建 建築面積 約2,012㎡ |
| 所在地 | 〒690-0873 島根県松江市内中原町52 |
| 所有 | 島根県 |
| 開館時間(3月〜10月) | 火〜金曜 9:00〜19:00/土・日・祝 9:00〜17:00 |
| 開館時間(11月〜2月) | 火〜金曜 9:00〜18:00/土・日・祝 9:00〜17:00 |
| 休館日 | 毎週月曜日、毎月第1木曜日、年末年始 |
| 入館料 | 無料 |
| アクセス | 一畑電車 松江しんじ湖温泉駅から徒歩約13分/JR松江駅から徒歩約25〜30分/来館者用駐車場あり |
| 主な受賞 | 第13回 日本建築家協会25年賞(2013年度) |
参考文献
- 島根県立図書館 ― 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/553465
- 国指定文化財等データベース ― 島根県立図書館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013887
- 島根県公式サイト「フォトしまね211号 松江城山のモダニズム/島根県立図書館建築50周年」
- https://www.pref.shimane.lg.jp/admin/seisaku/koho/photo/211/7.html
- 島根県立図書館 公式サイト
- https://www.library.pref.shimane.lg.jp/
- レファレンス協同データベース「菊竹清訓が設計した島根県の建築物について調べる」
- https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=2000027251&page=man_view
- Wikipedia「島根県立図書館」
- https://ja.wikipedia.org/wiki/島根県立図書館
最終更新日: 2026.04.21