醸造とともに育った屋根
下森酒造場の通りに面した棟の奥、店舗兼主屋の西に作業場を介して建つのが旧酒蔵である。建築面積444平方メートル、建物群のなかで最も大きい。明治前期、1868年から1911年の間に建てられた木造二階建で、酒造りが実際に行われた場である。その歴史は屋根のかたちに刻まれている。
中心には切妻造の酒蔵庫があり、そこから南北へ屋根を葺き降ろす。南面西端には切妻屋根を突き出して麹室を設け、西面には南北の切妻屋根を付設する。蒸した米に麹菌を繁殖させ、発酵の起点をつくる麹室が独立した屋根を持つ。角度の異なる屋根が重なるこの姿は、一度に建てられたものではなく、商いの拡大に応じて増築を重ねた結果である。
増築を読む
公的記録は、中央の酒蔵庫が最も古く、度重なる増築によって複雑な屋根形態が形成されたと記す。この一文が、目に映る不規則さの多くを説明する。地方の造り酒屋は一度に建て切るのではなく、発酵の間をここに、貯蔵の間をそこにと継ぎ足していった。接合部ごとに屋根の継ぎ目が残る。不規則に見える姿は、数十年にわたって家業が広がっていった過程そのものを記録している。
壁は当初、荒壁であった。竹小舞に粗く土を塗った下地の段階の壁である。この初期の壁構造を残すことも、2008年に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された理由の一つとなっている。
見どころ
通りからは、屋根がどう段をなし重なるかをたどりたい。麹室の突き出た切妻を探すとよい。酒蔵のなかで最も温度に敏感な空間、酒の性格が始まる部屋を示すからである。近くの整った小蔵と並べて見ると、物を収める建物と物を造る建物との違いが浮かぶ。
酒造場は現役で営まれている。旧酒蔵は通りから眺め、作業場は私有地として扱いたい。東に店舗兼主屋、南に高い煙突を従えて、旧酒蔵は敷地の産業側の中心をなす。建物群をひとつにまとめる石州赤瓦が、ここにも葺かれている。
Q&A
- なぜ屋根がこれほど複雑なのですか。
- 中央の酒蔵庫が最初に建ち、その後に増築を重ねたためです。増築ごとに切妻が加わり、現在の複雑な屋根形態が生まれました。
- 麹室とは何ですか。
- 蒸米に麹菌を繁殖させる部屋で、澱粉を糖に変える工程を担います。一定の温度が要るため、独立した突出部に設けられています。
- 建物の規模はどれくらいですか。
- 建築面積444平方メートルで、登録された下森酒造場の七棟のなかで最大です。
- 今も酒造りに使われていますか。
- 下森酒造場は現役の造り酒屋です。内部は私的な作業場のため、旧酒蔵は通りから眺めてください。
基本情報
| 名称 | 下森酒造場旧酒蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 島根県鹿足郡津和野町左鐙字立山ノ麓992 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2008年7月8日(告示7月23日) |
| 登録番号 | 32-0077 |
| 時代 | 明治前期(1868-1911) |
| 構造 | 木造2階建、瓦葺、建築面積444㎡ |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 公開状況 | 現役の酒造場。外観は通りより見学可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 下森酒造場旧酒蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007312
- 文化遺産オンライン — 下森酒造場旧酒蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/120184
- 津和野文化ポータル — 津和野町の登録文化財
- https://tsuwano-bunka.net/cultural-property/
最終更新日: 2026.07.06