明治の外交官が愛したドイツ風洋館:旧青木家那須別邸

栃木県那須塩原市の豊かな緑に囲まれた高原に佇む旧青木家那須別邸は、明治日本の近代化と日独交流の歴史を今に伝える貴重な洋風建築です。明治時代に外務大臣を二度務めた外交官・子爵青木周蔵(1844〜1914)が、那須野ヶ原に開設した農場の管理を兼ねた別荘として1888年(明治21年)に建設されました。設計は、ドイツで12年間建築学を学んだ松ヶ崎萬長によるもので、本邸は日本国内に現存する萬長の唯一の建築作品です。1999年(平成11年)12月1日に国の重要文化財に指定され、現在は道の駅「明治の森・黒磯」に隣接する「とちぎ明治の森記念館」として広く一般公開されています。

歴史的背景:青木周蔵と那須野ヶ原の開拓

青木周蔵は、長州藩(現在の山口県)の医師の子として生まれました。1868年に藩命でドイツへ留学し、その後25年にわたりドイツに滞在したことから「ドイツ翁」と呼ばれるほどのドイツ通でした。駐ドイツ公使、駐オランダ・オーストリア兼任公使を歴任した後、第一次山縣内閣および第一次松方内閣で外務大臣を務め、イギリスとの不平等条約改正においても重要な役割を果たしました。さらに駐英大使、駐米全権大使としても活躍した、明治外交史を代表する人物です。

明治前期、政府は殖産興業政策の一環として那須野ヶ原一帯の大規模な開拓事業を推進しました。西郷従道や大山巌ら元勲・華族たちが土地の払い下げを受けて大農場を設立する中、青木もドイツ貴族の領地経営に憧れを抱き、1881年(明治14年)に青木農場を開設しました。その農場内に1888年、別荘兼管理棟として建てられたのがこの旧青木家那須別邸です。

青木はドイツ貴族の令嬢エリザベート・フォン・ラーデと結婚し、一人娘のハンナ(花子)はドイツのハッツフェルト伯爵家に嫁ぎました。この縁は現代まで続いており、青木の曽孫にあたるオーストリア貴族の仲介により、那須塩原市とオーストリアのリンツ市は2016年に姉妹都市提携を結びました。2022年にはこの旧青木家那須別邸において両市長による調印式が行われ、一世紀を超える国際交流の絆が今も紡がれ続けています。

重要文化財に指定された理由

旧青木家那須別邸が1999年12月1日に国の重要文化財に指定されたのには、いくつかの重要な理由があります。まず、那須野ヶ原の開拓の歴史と、開拓農場を経営した元勲たちの生活を物語る数少ない建築として、日本の近代化の歩みを伝える貴重な文化遺産です。

建築面においては、ドイツで建築学を修めた松ヶ崎萬長の日本国内で現存する唯一の作品であることが極めて大きな価値を持ちます。松ヶ崎は岩倉使節団とともにドイツへ渡り、12年間にわたり建築を学んだ人物で、日本建築学会の創設者の一人としても知られています。本邸では、軸組全体がドイツ木造建築の架構と同様の構成をなし、中央棟屋根裏にはドイツで「半小屋裏」と呼ばれる架構法が採用されています。西棟にはローマントラスの原型とされる吊束首組が使われ、さらにハンマービームトラスの手法をモチーフとした独特の屋根構造も特徴的です。外壁には、日本では他に例のない蔦型および鱗型の人造スレート板が貼られ、軽快さと品格を兼ね備えた個性的な外観を形成しています。

建築の見どころ

旧青木家那須別邸は、1888年竣工の2階建て中央棟と、1909年(明治42年)に増築された東棟・西棟の平屋部分から構成されています。建築面積は約318.9平方メートル、部屋数は全24室です。見学時にぜひ注目していただきたいポイントをご紹介します。

  • マンサード風の屋根:ヨーロッパの雰囲気を漂わせるマンサード風の屋根に、周囲の自然に溶け込むドーマーウインドウ(屋根窓)が設けられ、優美で個性的な外観を創り出しています。
  • 屋上の物見台:中央棟の屋上には飾り柵をイメージした手すりを備えた展望台があり、1909年の増築時に設置されました。かつてはここから広大な農場を一望することができました。
  • 鱗型スレートの外壁:外壁を覆う蔦型・鱗型の人造スレート板は日本の建築ではほとんど見られない手法で、白を基調とした上品なヨーロッパ風の佇まいを生み出しています。
  • 階段ホール:内部の階段ホールは空間構成に優れ、ドイツ木造建築の伝統を反映した化粧柱や化粧梁の装飾が見事です。
  • ドイツ式小屋裏:3階の小屋裏部屋にはドイツ住宅建築で一般的な「半小屋裏」の架構法が用いられています(非公開)。
  • 歴史的展示物:館内では明治時代の馬車、榎本武揚の直筆書簡、那須野ヶ原の開拓に関する資料などが展示され、当時の暮らしぶりを偲ぶことができます。

別邸へ続く長い杉並木のアプローチも印象的な見どころです。青木周蔵は黒磯駅からこの並木道を馬車で往来したと伝えられています。並木の杉とともに、別邸裏手にある2本のアスナロは那須塩原市の指定文化財となっています。

ハンナガーデンと季節の花々

別邸に隣接する「ハンナガーデン」は、青木の愛娘ハンナにちなんで名付けられた花畑です。春には菜の花、夏にはひまわりが一面に咲き誇り、秋には紅葉が建物を美しく彩ります。那須高原のさわやかな風に吹かれながら、四季折々の花を楽しむ散策は別邸見学と合わせてぜひおすすめしたい体験です。

訪問のご案内

旧青木家那須別邸は、道の駅「明治の森・黒磯」の敷地内に位置しています。道の駅には農産物直売所やパン工房、カフェレストランがあり、見学と合わせて那須の味覚も楽しむことができます。

JR黒磯駅から関東バス「板室温泉」行きに乗車し、「青木別荘前」バス停で下車(約15分、運賃470円)、徒歩約5分です。お車の場合は黒磯駅から約9km、東北新幹線が停車する那須塩原駅からは約9.5kmです。道の駅共用の無料駐車場(約40台)をご利用いただけます。

周辺の見どころ

那須高原エリアには旧青木家那須別邸と合わせて楽しめるスポットが豊富にあります。道の駅「明治の森・黒磯」では、名産の那須大根をはじめとする新鮮な野菜や、酪農が盛んな地域ならではの乳製品などが手に入ります。隣接するN's YARDは現代美術家・奈良美智の個人美術館で、アート好きの方にはぜひ訪れていただきたいスポットです。周辺には板室温泉などの温泉地や、那須野ヶ原の華族農場に関連する他の明治遺産も点在しており、歴史と自然を満喫できる一日を過ごすことができます。

Q&A

Q青木周蔵とはどのような人物ですか?
A青木周蔵(1844〜1914)は明治時代を代表する外交官・政治家です。長州藩出身で、ドイツに25年間滞在し「ドイツ翁」と称されました。駐ドイツ公使、外務大臣(第一次山縣内閣・第一次松方内閣)、駐英大使、駐米全権大使を歴任し、不平等条約の改正に尽力しました。ドイツ貴族の令嬢エリザベート・フォン・ラーデと結婚し、日独の架け橋となった人物です。
Q設計者の松ヶ崎萬長とはどんな建築家ですか?
A松ヶ崎萬長(1858〜1921)は、岩倉使節団とともにドイツへ渡り、12年間にわたり建築学を学んだ建築家です。日本建築学会の創設者の一人として知られ、七十七銀行本店や台湾鉄道ホテルなどの設計を手がけました。旧青木家那須別邸は、日本国内に現存する萬長の唯一の建築作品であり、ドイツ木造建築の技法が随所に生かされた大変貴重な建物です。
Q入館料と開館時間を教えてください。
A入館料は大人200円、小・中学生100円です。開館時間は4月〜9月が午前9時〜午後5時30分、10月〜3月が午前9時〜午後4時30分です。休館日は時期により異なりますが、3〜11月は第3火曜日(祝日の場合は翌日)、12〜2月は毎週火曜日(祝日の場合は翌日)および年末年始です。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR黒磯駅から関東バス「板室温泉」行きに乗車し、「青木別荘前」バス停で下車(約15分、運賃470円)、徒歩約5分です。お車の場合は黒磯駅から約9km、那須塩原駅から約9.5kmです。道の駅「明治の森・黒磯」共用の無料駐車場(約40台)をご利用いただけます。
Q現在もドイツやオーストリアとのつながりはありますか?
Aはい。青木周蔵の子孫であるオーストリア貴族の仲介により、那須塩原市とオーストリア・リンツ市は2016年に姉妹都市提携を結びました。2022年にはこの旧青木家那須別邸で両市長による調印式が行われ、中学生の交換派遣事業なども続けられています。青木が始めた日欧の絆は、一世紀を超えた今も生き続けています。

基本情報

名称 旧青木家那須別邸(きゅうあおきけなすべってい)
文化財指定 国指定重要文化財(1999年〈平成11年〉12月1日指定)
竣工 1888年(明治21年)中央棟竣工 / 1909年(明治42年)東棟・西棟増築
設計 松ヶ崎萬長(まつがさきつむなが)
建築主 青木周蔵(あおきしゅうぞう)子爵・外務大臣
構造 木造、建築面積318.9㎡、二階建(一部平屋建)、鉄板葺、全24室
所在地 〒325-0103 栃木県那須塩原市青木27番地
所有者 栃木県
開館時間 4月〜9月:9:00〜17:30 / 10月〜3月:9:00〜16:30
入館料 大人200円 / 小・中学生100円
アクセス JR黒磯駅から関東バス「板室温泉」行き「青木別荘前」下車(約15分)徒歩5分 / 車で黒磯駅から約9km
駐車場 無料(道の駅「明治の森・黒磯」共用、約40台)
お問い合わせ 0287-63-0399(道の駅 明治の森・黒磯)

参考文献

旧青木家那須別邸 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/186226
旧青木家那須別邸 - 那須塩原市公式サイト
https://www.city.nasushiobara.tochigi.jp/soshikikarasagasu/shogaigakushuka/bunkazai/2/6/2636.html
旧青木家那須別邸 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/旧青木家那須別邸
旧青木家那須別邸|日本遺産ポータルサイト - 文化庁
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/3723/
旧青木家那須別邸 - とちぎの文化財
https://bunkazai.pref.tochigi.lg.jp/cultural/旧青木家那須別邸/
旧青木家那須別邸 | とちぎ旅ネット
https://www.tochigiji.or.jp/spot/s8964
Aoki Shūzō - Wikipedia (English)
https://en.wikipedia.org/wiki/Aoki_Shūzō

最終更新日: 2026.04.01