加登屋旅館悠仙閣 ― 戦後の温泉旅館建築を今に伝える、板室の登録有形文化財
栃木県北部、那須連山の西麓に静かに息づく板室温泉。その温泉街のもっとも奥まった一角に、昭和27年(1952)に建てられた木造2階建ての旅館建築「加登屋旅館悠仙閣(ゆうせんかく)」が佇んでいます。大正8年(1919)築の本館、大正末から昭和初期に建てられた別館とともに、3棟が連なる旅館建築の貴重な遺例として、平成28年(2016)2月25日に国の登録有形文化財に登録されました。湯治場の素朴な空気と、戦後の旅館建築が見せる意匠的な競い合いとを、ひと続きに味わえる稀有な場所です。
板室温泉と加登屋旅館の歩み
板室温泉は、那珂川の支流である湯川沿いの山あいに開けた湯治場で、康平2年(1059)、那須の領主・那須宗重が狩りの最中に発見したと伝えられます。およそ千年近くにわたり、神経痛やリウマチに効くとされる強アルカリ性の単純温泉が湧き続け、「下野の薬湯(しもつけのくすりゆ)」の名で広く親しまれてきました。
江戸時代には那須七湯のひとつに数えられ、湯治客が長逗留して自炊しながら療養する独特の文化が育まれます。昭和46年(1971)には国民保養温泉地に指定され、現在も日光国立公園内の静かな保養地として、その雰囲気を守り続けています。
加登屋旅館は、髙根沢家が代々営んできた老舗の宿で、温泉街の最奥に位置しています。昭和53年(1978)の大火により板室の多くの木造旅館が焼失するなか、加登屋の建物群は奇跡的に焼失を免れ、戦前から戦後にかけての湯治場の景観を今に伝える数少ない遺構となりました。
悠仙閣の建築 ― 戦後旅館建築の意匠
悠仙閣は、登記簿により昭和27年(1952)築であることが確認されています。浴室および別館との接続部分を除いては、改変の痕跡がほとんど見られず、竣工当時の姿を良好にとどめています。
建物は木造2階建てで、桁行き8.787メートル、奥行き8.029メートル。屋根は切妻造、鉄板瓦棒葺で、道路に面した平側には軒破風が設けられ、正面玄関上の庇は入母屋破風の意匠となっています。外壁は腰部を洗い出し仕上げとし、上部を漆喰塗りとし、各客室には下地窓が穿たれて、外観に軽やかなアクセントを添えています。
1階は本館と同様、間口2間に屋号入りの4枚引違いの硝子戸をもつ玄関を北寄りに配し、奥には板の間付きの6畳客室が続きます。西側、湯川に面した位置には大小の浴室が設けられ、源泉が惜しみなく注がれます。2階は中央西寄りに階段を設け、これを取り囲むように4.5畳、6畳床の間付、8畳床の間付、10畳床の間付の計4室が配されています。玄関や床の間には随所に銘木が用いられ、客室入口にはそれぞれ化粧庇が設けられて、戦後の旅館が再び意匠を競い合った時代の空気を伝えます。
なぜ国の登録有形文化財に登録されたのか
悠仙閣が登録有形文化財に登録された大きな理由は、本館・別館・悠仙閣の3棟が連続して保存されている、その全体の価値にあります。
大正期の湯治客が自炊しながら長期滞在した素朴な湯治場の様子を伝える本館、大正末から昭和初期にかけて流行した洋館意匠を旅館建築に取り入れた別館、そして戦後の社会が落ち着きを取り戻し、再び旅館が意匠性を競うようになった時代を象徴する悠仙閣。3つの時代の旅館建築が一筋の街並みに連なって残されていることで、ここには往時の湯治場の歴史的景観が層をなして保存されています。これは全国的に見てもきわめて貴重な事例であり、文化財としての評価の核心をなしています。
見どころ
悠仙閣の外観と内部には、訪れる人の目を楽しませる細やかな見どころが数多くあります。
- 正面玄関上に設けられた入母屋破風の庇 ― 山あいの旅館としては珍しく凝った意匠
- 間口2間に屋号を入れた4枚引違いの硝子戸の玄関
- 腰部の洗い出し仕上げと上部の漆喰塗り、各客室を彩る下地窓
- 玄関や床の間に随所に用いられた銘木の数々
- 本館・別館・悠仙閣の3棟が連なって形作る、3つの時代の旅館建築の連続した街並み
建築だけでなく、温泉そのものも大きな魅力です。加登屋旅館の源泉は強アルカリ性単純温泉で、pHは9.6を超え、日によってはpH10前後にまで達するといわれます。柔らかな肌触りの湯が浴槽に絶え間なくかけ流され、熱湯・中温・温湯の三層に分かれた湯船で、好みの温度をゆっくりと味わうことができます。
訪れる際の情報
加登屋旅館は、現在も宿泊と日帰り入浴を受け付けています。文化財に登録された建物のうち、3階部分など一部は使用されておらず保存されていますので、見学を希望される方は事前に旅館へ確認することをおすすめします。
アクセスは、JR東北新幹線・那須塩原駅西口より黒磯駅経由のバスで約50分、「板室温泉」下車徒歩1分。在来線をご利用の場合はJR黒磯駅西口からバスで約35分です。お車では、東北自動車道・黒磯板室ICから約20分でアクセスできます。
周辺の見どころ
板室温泉一帯は日光国立公園に含まれ、渓谷や滝、亜高山の湿原など、自然景観の豊かなエリアです。
温泉街から約2.3キロメートルの位置にある「乙女の滝」は、白笹山に源を発する沢名川に懸かる落差10メートルほどの細やかな滝で、流れ落ちる水が乙女の長い髪を思わせることからその名がついたと伝えられます。新緑と紅葉の季節がとくに美しく、滝壺近くまで階段で下りることができます。
さらに上流の標高約1,230メートルには、亜高山帯の湿原として知られる「沼ッ原湿原」が広がり、夏にはニッコウキスゲが咲き乱れます。木道が整備され、那須連山の山並みを背景にした散策が楽しめます。このほか、ダム湖の景観が美しい深山ダム、清流が刻んだ木の俣渓谷、温泉街の鎮守である板室温泉神社など、半日から1日かけて巡りたい見どころが点在しています。
Q&A
- 悠仙閣はどのような文化財ですか?
- 国の登録有形文化財(建造物)です。平成28年(2016)2月25日に、本館・別館とともに加登屋旅館の3棟一体の旅館建築として登録されました。
- 悠仙閣はいつ建てられたのですか?
- 昭和27年(1952)の建築であることが、登記簿によって確認されています。浴室と別館とのつなぎ部分を除き、改変の痕跡はほとんど認められず、竣工時の姿をよくとどめています。
- 宿泊や日帰り入浴はできますか?
- はい、加登屋旅館は宿泊・日帰り入浴ともに受け付けています。チェックインは15時、チェックアウトは10時です。日帰り入浴の可否は日によって異なる場合がありますので、事前に電話でご確認いただくと安心です。
- 板室温泉のお湯にはどのような特徴がありますか?
- 強アルカリ性の単純温泉で、pHは9.6以上、日によって10前後にまで達することもあると伝えられます。「下野の薬湯」として古くから親しまれ、神経痛やリウマチ、疲労回復に良いとされてきました。柔らかな肌触りの湯が、源泉かけ流しで楽しめます。
- 東京方面からのアクセスを教えてください。
- 東京駅からJR東北新幹線で那須塩原駅まで約70~80分、那須塩原駅西口から黒磯駅経由のバスで約50分、「板室温泉」バス停下車徒歩1分です。お車の場合は、東北自動車道・黒磯板室ICから約20分でアクセスできます。
基本情報
| 名称 | 加登屋旅館悠仙閣(加登屋旅館 本館・別館・悠仙閣) |
|---|---|
| 区分 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成28年(2016)2月25日 |
| 竣工 | 昭和27年(1952) |
| 構造 | 木造2階建て、切妻造、鉄板瓦棒葺 |
| 規模 | 桁行き約8.79メートル、奥行き約8.03メートル |
| 所在地(指定) | 栃木県那須塩原市板室字塩沢854他 |
| 所在地(旅館) | 〒325-0111 栃木県那須塩原市板室859 |
| 所有 | 個人所有(髙根沢家による営業) |
| 電話 | 0287-69-0201 |
| アクセス | JR東北新幹線・那須塩原駅西口より黒磯駅経由のバスで約50分、「板室温泉」下車徒歩1分 |
参考文献
- 加登屋旅館|那須塩原市公式ホームページ
- https://www.city.nasushiobara.tochigi.jp/soshikikarasagasu/shogaigakushuka/bunkazai/2/6/2615.html
- アクセス|登録有形文化財 加登屋旅館(公式サイト)
- https://nasu-kadoya.jp/access/
- 板室温泉|黒磯観光協会公式ホームページ
- https://www.kuroiso-kankou.org/itamuro/
- 板室温泉|Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BF%E5%AE%A4%E6%B8%A9%E6%B3%89
- 乙女の滝|ニッポン旅マガジン
- https://tabi-mag.jp/tg0279/
最終更新日: 2026.05.14