藤田家住宅裏納屋兼離れとは

藤田家住宅裏納屋兼離れは、徳島県板野郡北島町新喜来にある大正12年(1923年)頃に建てられた、納屋と離れを一棟にまとめた建物で、平成28年(2016年)に登録有形文化財となった。

建っているのは主屋の背面、敷地の北西隅である。木造2階一部平屋建、瓦葺で、建築面積は122平方メートル。屋敷では主屋に次ぐ大きさがある。

名前のとおり、一つの建物の西半分が納屋、東半分が離れになっている。片や農作業の道具や収穫物を納める実用の建物、片や客を迎え、くつろぐための座敷で、性格のまったく違う二つの空間が背中合わせに並ぶところに、藤田家住宅裏納屋兼離れの面白さがある。

登録の理由と価値

藤田家住宅裏納屋兼離れは、平成28年(2016年)11月29日付の第85回登録で登録番号36-0149を受けた。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

文化庁の解説は、外観の構成に加えて、離れの内部意匠にも力を注いでいる点を挙げている。農家の付属屋は実用一点張りになりがちだが、この建物では東半分に手間をかけた座敷をしつらえている。主屋と渡廊下でつながる離れは、家族や客をもてなす場として使われたと考えられ、大正期の農家が住まいに求めたゆとりを伝える建物といえる。

構造と見どころ

西半分の納屋

納屋の部分は切妻造の二階建で、外壁を下見板張とする。横板を少しずつ重ねて張る下見板は雨水を切りやすく、風雨を受ける農家の付属屋によく使われる仕上げである。

東半分の離れ

離れの部分は入母屋造の平屋で、主屋とは渡廊下でつながる。東と南の二面に内縁を回し、その内側に六畳間と八畳の座敷を置いている。切妻の二階建の納屋と、入母屋の平屋の離れが一つの棟に並ぶため、外から見ると屋根の高さも形も東西で切り替わる。

磨き丸太の扇垂木

いちばんの見どころは内縁の天井である。皮をはいで磨いた丸太を扇垂木として、間隔をあけて疎らに配している。扇垂木は垂木を扇の骨のように放射状に並べる手法で、寺院建築の軒などに見られる。それを民家の縁の天井に、しかも磨き丸太で軽やかに用いたところに、数寄屋風の遊び心が感じられる。藤田家住宅裏納屋兼離れの離れが、ただの寝間ではなく、見せることを意識した空間だったことがわかる細部である。

見学について

藤田家住宅裏納屋兼離れは個人の住まいの一部で、内部は公開されていない。2026年10月時点で見学の案内は確認できなかった。主屋の背後、敷地の北西隅にあたるため、敷地の外から目に入りやすい位置ではない。

建物の姿は、文化庁の国指定文化財等データベースに掲載された北島町教育委員会提供の写真で確かめられる。

Q&A

Q藤田家住宅裏納屋兼離れはどのような建物ですか?
A一つの建物の西半分を納屋、東半分を離れとした建物です。納屋は切妻造の二階建、離れは入母屋造の平屋で、離れには六畳間と八畳座敷があります。
Q藤田家住宅裏納屋兼離れはいつ建てられましたか?
A大正12年(1923年)頃の建築です。平成28年(2016年)に登録有形文化財となりました。
Q藤田家住宅裏納屋兼離れの天井の扇垂木とは何ですか?
A垂木を扇の骨のように放射状に並べる手法です。この建物では、離れの内縁の天井に磨き丸太の扇垂木を間隔をあけて配し、内部の意匠に工夫を凝らしています。
Q藤田家住宅裏納屋兼離れは主屋とどうつながっていますか?
A東半分の離れが、渡廊下で主屋とつながっています。建物自体は主屋の背面、敷地の北西隅に建っています。
Q藤田家住宅裏納屋兼離れは見学できますか?
A見学できません。個人の住まいで、2026年10月時点で公開の案内はありません。外観は文化庁データベースの写真で見ることができます。

基本情報

名称藤田家住宅裏納屋兼離れ
所在地徳島県板野郡北島町新喜来字南古田57
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成28年(2016年)11月29日登録
員数1棟
寸法木造2階一部平屋建、瓦葺、建築面積122平方メートル
所有者文化庁データベースに記載なし(個人の住まい)
公開状況非公開(個人の住まい。公開の案内なし)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「藤田家住宅裏納屋兼離れ」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011420
文化遺産オンライン「藤田家住宅裏納屋兼離れ」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/221347

最終更新日: 2026.10.07