太龍寺御影堂とは

太龍寺御影堂は、徳島県阿南市加茂町の太龍寺境内の北西方、大師堂の西に東面して建つ明治11年(1878年)の仏堂で、平成25年(2013年)に登録有形文化財となった。木造平屋建、銅板葺、建築面積は16平方メートル。読みは「たいりゅうじみえいどう」である。

正面三間、側面二間。屋根は四方から頂点へ集まる宝形造で、正面と側面に縁を廻す。前に建つ大師堂が拝殿にあたり、この堂が像を納める奥殿にあたる。寺は御廟とも呼んでいる。

九棟でもっとも小さい

建築面積16平方メートルは、太龍寺が登録された九棟のうちで最小である。944平方メートルの本坊とは60倍近い開きがある。それでいて平面は正面三間、側面二間に割られている。一間あたりの寸法がきわめて小さいということで、柱の間隔の詰まり方がこの堂の第一印象を決めている。

小さいからといって簡略な造りではない。柱は角柱ではなく円柱を立て、その上に出三斗を組む。軒は二軒の扇垂木で、垂木が隅に向かって放射状に開く。手間のかかる納まりを、この寸法の堂で通しているところに造営の姿勢が出ている。

堂内は前後に二分して内外陣とし、塗の厨子を安置する。外からうかがえる範囲はわずかだが、規模と手数が釣り合っていない建物であることは外観からも分かる。

大師堂と組んで景観をつくる

文化庁の解説は、太龍寺御影堂を大師堂とあわせて境内景観に欠かせない堂と評し、厳粛な雰囲気を醸すと記す。単体の建築的価値ではなく、二棟が前後に並ぶ構えを評価している。

実際、境内の北西方に立つと、東を向いた大師堂の背後に、同じく東を向いた太龍寺御影堂が控える。手前の大師堂は入母屋造で破風を重ね、奥の御影堂は宝形造で頂点を一点に絞る。装飾の多い拝殿と、静かに絞り込んだ奥殿。屋根の形が対比になっていることが、この一対の効き方を決めている。

大師堂が明治10年(1877年)、太龍寺御影堂が明治11年(1878年)。一年違いの造営で、はじめから対で計画されたと考えるのが自然である。

太龍寺御影堂の見学

太龍寺御影堂は大師堂の背後にあるため、正面から全体を見る位置が限られる。大師堂の縁を回り込んで西側へ抜けたところが、宝形造の屋根と出三斗、扇垂木をまとめて見られる場所である。宝形造の屋根は真横より斜めから見たほうが四方の勾配が読める。

内部は、旧暦3月21日に御廟が開扉され、大師の遺徳をしのぶ法会が営まれる。この日は参拝者も堂内で参座できると寺は案内している。それ以外の日に太龍寺御影堂の堂内を拝観できるかについて公式の案内はなく、漆塗の厨子を常時見られるとは考えないほうがよい。撮影の可否についても掲示は確認できなかった。

境内への行き方、ロープウェイの時間と運賃、拝観の条件は太龍寺のページにまとめてある。

よくある質問

Q太龍寺御影堂の読み方は何ですか?
A「たいりゅうじみえいどう」です。文化遺産オンラインのふりがな欄で確認できます。
Q太龍寺御影堂はどのくらいの大きさですか?
A建築面積16平方メートルで、太龍寺の登録有形文化財九棟のうち最小です。正面三間、側面二間に割られており、一間あたりの寸法が小さいのが特徴です。
Q太龍寺御影堂には何が納められていますか?
A堂内は前後に二分して内外陣とし、漆塗の厨子を安置します。寺は弘法大師像を納める奥殿として説明し、御廟とも呼んでいます。
Q太龍寺御影堂の屋根はどのような形ですか?
A宝形造で、四方の屋根面が頂点に集まります。円柱の上に出三斗を組み、軒は二軒の扇垂木としています。
Q太龍寺御影堂は見学できますか?
A境内から外観を見ることができます。堂内は旧暦3月21日の法会の際に参座できると寺が案内しており、それ以外の日については公式の案内がありません。

基本データ

名称太龍寺御影堂
所在地徳島県阿南市加茂町竜山1他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成25年(2013年)登録
員数1棟
寸法木造平屋建、銅板葺、建築面積16平方メートル
所有者宗教法人太龍寺
公開状況境内から外観の見学が可能。堂内は旧暦の法会の日に参座できる

参考文献

太龍寺御影堂 国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009668
太龍寺御影堂 文化遺産オンライン(文化庁)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/206554
太龍寺 四国霊場第二十一番札所 舎心山(公式サイト)
https://www.tairyuji21.jp/

最終更新日: 2026.09.13