校舎より古い、ひとつの門
名古屋市東区・出来町の住宅地に建つ愛知県立旭丘高等学校。その校地の西側中央に、二本の角張った鉄筋コンクリートの門柱が立っている。高さはおよそ二・四メートル、表面に水平の線が数本刻まれているだけの、一見そっけない造形である。この門柱が今の場所に据えられたのは昭和十三年(一九三八年)のことで、平成二十九年(二〇一七年)六月、国の登録有形文化財に登録された。
門柱は、現在の校舎よりも古い。旭丘高校の前身である愛知県第一中学校が現在地へ移転し、校舎を新築した際に建てられたものだからである。その校舎はすでに建て替えられ、正面の門柱だけが残った。学校そのものの歴史は長く、明治三年(一八七〇年)に名古屋藩が開いた洋学校に系譜をさかのぼる。県内でも有数の古い系譜をもつ公立校で、戦後の昭和二十三年(一九四八年)に別の学校と統合して男女共学の旭丘高等学校となり、現在の校名に至っている。
門柱が国の文化財になった理由
日本の文化財保護には、大きく二つの仕組みがある。一つは国宝や重要文化財の指定で、希少性のきわめて高いものに限られる。もう一つが、登録有形文化財の制度である。平成八年(一九九六年)に設けられたこの制度は、近代以降に造られた建造物のうち、地域や国土の景観を形づくってきたものを幅広く守ることを目的とする。旭丘高校の門柱は、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。
登録のいきさつには、ひとつの特徴がある。この門柱は、愛知県内の県立高校あわせて十三校の正門とともに登録された。一つの県の高校の門柱がまとまって文化財となったのは、全国で初めてのことだった。大正から昭和初期にかけて、煉瓦・石・コンクリートで築かれた各校の門は、いずれも長い年月のあいだ地域の暮らしの目印であり続けてきた。今回の登録は、それらを単独の建築としてではなく、何世代もの生徒や教員、近隣の人々が通り抜けてきた身近な存在として評価したものといえる。
近づいて読み解く意匠
門は、二本の主門柱と、北側の脇門柱一本からなる。いずれも鉄筋コンクリート造で、間口はおよそ八・二メートル。主門柱は高さ二・四メートル、平面はほぼ正方形で、四隅を浅く切り欠いている。脇門柱はその九割ほどの大きさで、同じ形を繰り返す。柱はいずれも台座の上に柱身が乗り、横方向の目地を四本入れて全体を五つの帯に分けている。装飾を抑えた重厚な構えで、当時としては新しい材料であった鉄筋コンクリートに、古典的な比例の感覚を落とし込んだ昭和初期らしい設計である。
竣工当時の写真を見ると、現在とは姿が異なる。門柱は三本ではなく、南側にも脇門柱があって四本だった。昭和三十四年(一九五九年)、校舎の増築にあわせて正門の拡幅工事が行われ、中央の開口を広げた結果、いまの三本の形になった。さらに平成十三年(二〇〇一年)に改修を受けている。設計者の名前は伝わっていない。こうした日常の構造物が、かつてどのように扱われていたかをよく示す事実である。
向かいの歩道に立って眺めると、この門柱はゆっくり見るに値する。午後の斜めの光を受けて水平の目地が陰影を生み、四隅の切り欠きが、ともすれば無骨な四角い塊になりがちな形をやわらげている。二本の柱と限られた予算のなかに、造り手がどれほどの表情を込められたかが見てとれる。
あわせて訪ねたい周辺
門柱が建つ東区の一帯には、足をのばす価値のある見どころが集まっている。徒歩十五分ほどのところに、徳川美術館と隣接する日本庭園・徳川園がある。徳川美術館は、二百数十年にわたり日本を治めた徳川一門のうち、尾張徳川家に受け継がれた大名道具を収める。国宝は九件を数え、なかでも現存最古の『源氏物語絵巻』は、保存のため年に短い期間しか公開されない。徳川園は池を中心とした池泉回遊式の庭園で、春は牡丹、秋は紅葉が彩る。
同じ東区には、大曽根駅の北側にドーム球場のバンテリンドーム ナゴヤもある。野球の試合やコンサートの会場として知られる。大曽根駅はこの一帯の玄関口にあたり、学校の門柱、美術館、庭園、球場が、徒歩で回れる範囲にまとまっている。
Q&A
- 門柱を見るために学校の中に入れますか。
- 入れません。旭丘高校は現役の高校で、校内は一般には公開されていません。門柱は校地の西側に建ち、外の公道からは自由に見学・撮影できます。もともと外から見られることを前提とした構造物です。
- 学校そのものはどのくらい古いのですか。
- 明治三年(一八七〇年)に名古屋藩が開いた洋学校に系譜をさかのぼり、愛知県内でも有数の歴史をもつ公立校です。ただし門柱自体は、昭和十三年(一九三八年)の現在地への移転の際に建てられたものです。
- 登録有形文化財とは何ですか。
- 国宝や重要文化財よりもゆるやかな保護の仕組みです。平成八年(一九九六年)に設けられた制度で、近代以降の建造物のうち地域や国土の景観に寄与するものを対象とし、所有者には厳格な義務ではなく保存の努力が求められます。
- 門柱の姿は昔から同じですか。
- いいえ。昭和十三年(一九三八年)の竣工時は四本の柱からなっていました。昭和三十四年(一九五九年)の拡幅で中央の開口が広げられ、現在の主門柱二本と北側の脇門柱一本の姿になりました。平成十三年(二〇〇一年)にも改修が行われています。
- どうやって行けばよいですか。
- 学校は大曽根駅から南へ徒歩十分ほどです。大曽根駅はJR・名鉄瀬戸線・地下鉄名城線が通ります。徳川美術館と徳川園は、駅と学校のほぼ中間に位置します。
基本情報
| 名称 | 愛知県立旭丘高等学校正門門柱(旧愛知県立第一中学校正門) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県名古屋市東区出来町三丁目6-15 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 23-0479 |
| 登録年月日 | 平成29年(2017年)6月28日 |
| 員数・構造 | 1基/鉄筋コンクリート造、間口約8.2m、主門柱高さ約2.4m、北方脇柱付 |
| 年代 | 昭和13年(1938年)建設/昭和34年(1959年)拡幅/平成13年(2001年)改修 |
| 所有者 | 愛知県 |
| 公開状況 | 現役の高校の正門。校外の公道から見学可(校内は非公開)。大曽根駅から南へ徒歩約10分 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011709
- 文化遺産オンライン(国立文化財機構)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/256345
- 愛知県 県立高等学校の歴史的建造物について
- https://www.pref.aichi.jp/soshiki/bunkazai/kenritsukokorekishirekikenzobutsu.html
- 徳川美術館 公式サイト
- https://www.tokugawa-art-museum.jp/
- 徳川園 公式サイト
- https://www.tokugawaen.aichi.jp/
最終更新日: 2026.06.14