昭和7年、郊外に建てられた一軒

辻家住宅旧主屋(つじけじゅうたくきゅうしゅおく)は、東京都杉並区松庵にある木造住宅で、昭和7年(1932年)に建てられ、平成22年(2010年)1月15日に国の登録有形文化財に登録された。文化庁の国指定文化財等データベースは、員数を1棟、構造を木造2階一部平屋建、瓦葺、建築面積175平方メートルと記録している。

敷地は南北に通る道路に東面する。棟は東西方向に走り、道路からは入母屋造の妻側が正面として見える。屋根は桟瓦葺。妻入の玄関は前へ張り出し、そこにも入母屋の妻を見せるため、正面はひとつの平面ではなく、いくつもの屋根が重なる輪郭を持つ。

東南隅には、和風の語彙にはない要素が置かれている。陸屋根の平屋建で、内部は洋間の応接室。西面へ回ると老人室や納戸などが付設され、住まいとしての奥行きが確保されている。

建てられた年が効いている。昭和7年の杉並は、まだ街になりきっていない土地だった。大正12年(1923年)の関東大震災で下町を失った人々が西へ移り、中央線が勤め人の家族を郊外へ運んだ。畑が区画され、住宅が並びはじめた、その時期の一軒である。

個人の住宅が国の登録を受けるということ

日本の文化財保護は階層構造をとる。国宝と重要文化財は厳選され、現状変更に許可を要する強い規制のもとに置かれる。これに対して登録有形文化財の制度は、平成8年(1996年)10月に施行された文化財保護法の改正で始まった、性格の異なる仕組みである。おおむね建築後50年を経た建造物を対象とし、許可制ではなく届出制と指導・助言を基本とする緩やかな保護を行う。運用上、登録の対象となるのは道路から見える外観である。

制度が想定していたのは、記録されないまま消えていく建物だった。商店、住宅、銭湯、町工場。辻家住宅旧主屋の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録番号は13-0256、第66回の登録にあたる。登録告示は平成22年2月3日に出された。

この建物は、建築史でいう洋館付き和風住宅の系譜に属する。明治後期に現れ、大正から昭和初期にかけて郊外住宅地へ広まった型である。家族は畳と障子の和風の住まいに暮らし、玄関脇にひと間だけ、板張りで椅子を置き、暖炉や色ガラスを備えた洋間を設ける。来客はその一室で迎えられ、家の内側へ立ち入ることなく帰っていく。応接の場を住居の外縁に切り出す、明快な解決だった。

辻家住宅旧主屋が他と分かれるのは、その洋間の屋根である。現存する同型の住宅の多くは、洋館部分に急勾配の屋根、ときにとがった屋根を載せ、隣り合う和風の瓦屋根との対比を絵画的に見せる。ここでは、それを平らにした。昭和7年の郊外木造住宅で陸屋根を選ぶには相応の判断が要り、その結果として、屋根裏ではなく使える上面が生まれている。

文化庁の解説文は建具と欄間の意匠に触れている。欄間は室と室の境、鴨居の上に入る透かしの板で、当時の大工が腕を示す場所だった。透かし彫り、幾何学的な組子、まれに彫刻。いずれも外からは見えず、住む者のためだけに作られる部分である。

どう見るか、そして周辺に何があるか

個人の住宅である。受付も拝観時間もなく、内部は公開されていない。登録が守っているのは、人が現に暮らしている建物だ。訪ねる側にできるのは、面する道から外観を読むことだが、それこそが制度の保存対象そのものである。

道路からの見え方は、日本建築に馴染みのない人にも順を追える。奥に瓦葺の妻が立ち上がる。手前へ玄関が張り出し、そこにも小さな妻がつく。隅の陸屋根の平屋は、その両方に対して低く四角い。ひとつの敷地に、三つの屋根の形と三つの意図が並ぶ。

松庵はJR中央線西荻窪駅の南側に広がる住宅地で、どこを目指すかによるが徒歩10分から15分ほどの範囲にある。地区の中央を五日市街道が横切り、その両側の裏道には戦前の住宅が高い密度で残る。松庵には同じ国の登録を受けた住宅がほかに2件あり、旧東伏見宮家の洋館を昭和10年ごろに移築した淵川家住宅(Albert House 松庵、松庵3-15-22)と、水口家住宅(松庵3-29-10)がそれにあたる。どちらも非公開だが、三軒をたどると、戦間期の東京の中間層がどう家を建てたかという一続きの話になる。

公道からの撮影に制限はない。ただし人の住む家に対する礼儀は当然に及ぶ。門前に長く留まらない、塀越しにレンズを向けない、内部をうかがわない。静かな住宅地がその状態を保ってきたのは、訪れる側の作法によるところが大きい。

西荻窪の街そのものも歩く価値がある。駅の南から西にかけては古書店や骨董店、小さな喫茶店が集まり、その一部は戦前の住宅を使っている。登録も指定もされていない建物が、それぞれの事情で生き延びてきた。単体の記念物を訪ねるというより、1930年代の東京がどれだけ日常の風景に残っているかを確かめる半日になる。

Q&A

Q辻家住宅旧主屋は見学できますか。拝観料はかかりますか。
A内部の見学はできません。辻家住宅旧主屋は個人の住宅で、定期的な公開は行われておらず、拝観料の設定もありません。登録有形文化財の登録が対象とするのは公道から見える外観であり、道路からの外観の見学にとどめてください。
Q辻家住宅旧主屋はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A文化庁のデータベースは建築年代を昭和7年(1932年)としています。登録年月日は平成22年(2010年)1月15日、登録告示は同年2月3日です。登録番号は13-0256で、第66回の登録にあたります。
Q辻家住宅旧主屋の建築的な見どころはどこですか。
A戦間期の郊外に広まった洋館付き和風住宅の一例ですが、東南隅の洋間応接室が急勾配の屋根ではなく陸屋根になっている点が、この型としては珍しい特徴です。入母屋造妻入の主屋、張り出した玄関、低く四角い洋間という三つの屋根の対比が道路から読み取れます。
Q辻家住宅旧主屋のある松庵へはどう行けばよいですか。
AJR中央線の西荻窪駅が最寄りです。新宿から約15分、駅の南側に松庵の住宅地が広がり、徒歩10分から15分ほどの範囲になります。ひと駅西は吉祥寺なので、あわせて歩く行程も組めます。
Q辻家住宅旧主屋の周辺に、ほかの登録有形文化財はありますか。
A松庵にはほかに2件の登録住宅があります。旧東伏見宮家の洋館を移築した淵川家住宅(Albert House 松庵、松庵3-15-22)と、水口家住宅(松庵3-29-10)です。杉並区全体では荻窪の西郊ロッヂング・旅館西郊など、戦間期の登録建造物がまとまって残っています。

基本情報

名称辻家住宅旧主屋(つじけじゅうたくきゅうしゅおく)
所在地東京都杉並区松庵2-102
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 13-0256/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年登録年月日 平成22年(2010年)1月15日、登録告示 同年2月3日(第66回)
員数1棟
寸法木造2階一部平屋建、瓦葺、建築面積175平方メートル
所有者個人(国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし)
公開状況個人住宅のため内部非公開。公道からの外観見学のみ

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「辻家住宅旧主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007978
文化遺産オンライン「辻家住宅旧主屋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/212550
文化庁「登録有形文化財(建造物)」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
伝統の日本紀行「杉並区の近代建築」
https://www.visiting-japan.com/ja/articles/tokyo/j13sn-suginami-kinken.htm

最終更新日: 2026.08.23