東京女子大学本館 ―― 正門の軸線が行き着く白亜の建築
杉並区善福寺、東京女子大学の正門をくぐると、芝生の広場をはさんだ真正面に白い四階建てが見える。この配置は偶然ではない。アントニン・レーモンドが大正10年(1921年)に立てたキャンパス計画は、正門から伸びる軸線の突き当たりに一棟を据えることを最初から想定していた。
ただし、その一棟が実際に建つまでには十年を要した。レーモンドは当初これを図書館として構想し、第一期の計画にも組み込まれていたが、関東大震災とそれに続く資金難のなかで着工は遅れ、竣工は昭和6年(1931年)にずれこんだ。キャンパスがこの地に移転してから、すでに七年が過ぎていた。
構造は鉄筋コンクリート造、地下1階地上4階建て。屋根の一部に瓦を葺く。登録上の建築面積は1,015平方メートル。白い壁面には「QUAECUNQUE SUNT VERA」というラテン語が刻まれている。新約聖書フィリピの信徒への手紙第4章8節に由来し、「すべて真実なこと」を意味するこの句は大学の標語となり、本館前の芝生広場が「VERA広場」と呼ばれる理由にもなった。
本館は長らく図書館として使われた。創立90周年にあたる2008年からは、初代学長・新渡戸稲造を顕彰する新渡戸記念室が置かれている。
登録の理由と価値
本館は登録有形文化財(建造物)である。登録年月日は平成10年(1998年)9月2日、告示は同月25日、第11回登録にあたる。登録番号は13-0027。
ここで「登録」という言葉に注意を向けておきたい。国宝や重要文化財を生む「指定」の制度とは別に、平成8年(1996年)に設けられたのが文化財登録制度である。明治以降の近代建築は膨大な数にのぼり、指定の手続きが追いつかないうちに次々と失われていった。その速度に対応するために用意された、より軽い保護の枠組みが登録制度にあたる。外観を大きく変更する際に届出を求める一方、建物は所有者の手元に残り、日常の使用も続けられる。現役の大学キャンパスにとって、この違いは小さくない。ここに挙げた建物群は、今も授業や礼拝に使われている。
本館に付された登録基準は「造形の規範となっているもの」。文化庁の解説文は、着工が昭和期にずれこんだにもかかわらず初期レーモンドの特徴であるライト調の面影を残す点と、校舎ゾーンの中心的建造物である点を挙げている。
ライトの影響という指摘には背景がある。1888年にボヘミアに生まれたレーモンドは、大正8年(1919年)、帝国ホテル建設のために来日したフランク・ロイド・ライトの助手として日本の土を踏んだ。まもなく独立して自らの設計事務所を構えるが、東京女子大学の依頼が舞い込んだ大正10年は、ちょうどその過渡期にあたる。昭和6年の時点でレーモンドは後年の即物的なコンクリート表現へかなり歩を進めていたが、本館にはなお初期の語彙が残っている。なお大学は、歴史的建造物の維持管理に対して平成4年度のBELCA賞(ロングライフ・ビルディング部門)を受けており、本館もその対象に含まれる。
見どころ
正門から歩いて近づき、建物が視界のなかで大きくなっていく過程を味わいたい。構成は、幅の広い水平な基部の上に、やや背の高い中央部が載るかたち。白い塗り壁は、晴れた日には軒や窓の見込みが落とす影を鋭く浮かび上がらせる。東からの朝の光はファサードを平坦に見せ、午後遅くの光は逆に奥行きを与える。
シルエット全体よりも、窓の開口部に目を向けてみてほしい。縦長のガラス面をひとまとまりにし、それを水平の帯でぴたりと止める。このプロポーションの扱いに、ライトから受け継いだものが最もはっきり現れている。装飾は抑制されており、飾るための飾りはない。
そして刻銘を探すこと。「QUAECUNQUE SUNT VERA」はローマン体の大文字で白壁に彫り込まれている。芝生の真ん中、レーモンドが軸線で意図したちょうどその距離から読むとき、この建物がなぜここに立つのかが腑に落ちる。
正面入口の前には二本の木が立つ。12月にはクリスマスツリーとして灯りがともり、VERA広場の小さな池では6月に睡蓮が咲く。建築そのものではないが、一年を通じてこの建物がどう体験されるかを形づくっている。
キャンパスは一般の見学を受け入れており、事前予約は不要。当日、正門で入構者情報を登録する。外部からの通行は正門のみで、来訪者用の駐車場はないため、鉄道での来訪が前提となる。JR中央・総武線西荻窪駅北口から徒歩約12分、あるいは吉祥寺駅・上石神井駅からのバスで「東京女子大前」下車。内部は現役の大学施設なので、立ち入りの可否は日や部署によって異なる。
Q&A
- 一般の見学はできますか。
- できます。事前予約は不要で、当日正門にて入構者情報を登録します。入構は正門のみ、来訪者用駐車場はありません。
- 本館は今も図書館ですか。
- いいえ。図書館として建設され長く使われましたが、現在の図書館は平成8年(1996年)竣工の別棟です。本館には2008年開設の新渡戸記念室が置かれています。
- 大正10年の計画なのに、なぜ竣工が昭和6年なのですか。
- レーモンドの当初のキャンパス計画には含まれていましたが、大正13年の移転時に完成した建物群には入りませんでした。着工が昭和期までずれこんだため、大正期に構想された設計が、建築家の後年の思考と隣り合わせで実現しています。
- QUAECUNQUE SUNT VERA とはどういう意味ですか。
- 「すべて真実なこと」を意味するラテン語で、新約聖書フィリピの信徒への手紙第4章8節に由来します。大学の標語であり、本館前の芝生広場「VERA広場」の名の由来でもあります。
- 登録有形文化財は重要文化財とどう違うのですか。
- 平成8年に始まった登録制度は、日常的に使われ続けている近代建築を主な対象とし、指定制度より緩やかな保護をかけます。外観の大きな変更にあたり許可ではなく届出を求める仕組みで、キャンパスがキャンパスとして機能し続けることを可能にしています。
基本データ
| 名称 | 東京女子大学本館(とうきょうじょしだいがくほんかん) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都杉並区善福寺2-6-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録番号 | 13-0027 |
| 登録年月日 | 平成10年(1998年)9月2日(告示 同年9月25日/第11回登録) |
| 登録基準 | 造形の規範となっているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 年代 | 昭和6年(1931年) |
| 構造及び形式等 | 鉄筋コンクリート造地下1階地上4階建、一部瓦葺 |
| 建築面積 | 1,015平方メートル |
| 設計 | アントニン・レーモンド(1888-1976) |
| 種別 | 学校/建築物 |
| 所有者 | 学校法人東京女子大学 |
| 現在の用途 | 新渡戸記念室ほか大学施設 |
| アクセス | JR中央・総武線西荻窪駅北口から徒歩約12分/吉祥寺駅・上石神井駅からバス「東京女子大前」下車 |
| 公開状況 | 一般見学可(事前予約不要、正門で入構者情報の登録が必要)。駐車場なし。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):東京女子大学本館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000646
- 文化遺産オンライン:東京女子大学本館
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/176866
- 東京女子大学:キャンパス紹介
- https://www.twcu.ac.jp/main/about/campus/index.html
- 東京女子大学:アクセス
- https://www.twcu.ac.jp/main/access/index.html
- すぎなみ学倶楽部(杉並区公式情報サイト):東京女子大学
- https://www.suginamigaku.org/2023/10/tokyowc-u.html
最終更新日: 2026.07.22