昭和8年の園舎が、いまも園児で埋まっている

井草幼稚園園舎は、東京都杉並区善福寺一丁目にある昭和8年(1933年)建築の木造園舎で、平成29年(2017年)10月27日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。現役の幼稚園として日々使われている建物である。

成り立ちは災害から始まる。大正12年(1923年)9月1日の関東大震災は10万人を超える死者を出し、多くの震災孤児を残した。浄土宗は翌年、その保護と教育のために小石川学園を立ち上げる。設立に関わり主幹となったのが僧侶の鈴木積善である。鈴木はその後、小石川・伝通院の仏教センターである伝通会館の初代主事を務め、昭和8年、多くの支援を得てこの幼稚園を創立した。開園の翌年、鈴木は早逝している。

園舎の設計は、幼稚園の記録によれば宮内省(現・宮内庁)内匠寮の技官・森久吉による。森は小石川学園の設計者でもあり、鈴木とは日曜学校や伝通会館での青少年伝道を長く共にした間柄だった。設計者と施主である前に友人だったわけである。鈴木の没後も森は園の建物すべての設計を担い、毎年の卒業式に足を運んで昭和50年代まで園児に紙芝居や話を聞かせていたという。

登録が評価したもの

文化庁が挙げた登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の一点である。区分に注意したい。これは登録有形文化財であり、重要文化財ではない。登録制度は平成8年(1996年)の文化財保護法改正で導入された、届出制と指導・助言による緩やかな保護の枠組みで、この建物が幼稚園として使われ続けていられるのも、その仕組みがあってのことだ。

文化庁の解説文は、まず平面に着目する。講堂を中心としてL字型の平面を持ち、北寄りに住居部分を配する。小屋組はキングポストトラス。棟から真束を垂らし、そこから斜材を張り出す西洋由来の架構である。そして解説文が続けて指摘する点が面白い。創立者が浄土宗の僧侶であったにもかかわらず、寺院的な意匠はほとんど見られず、外観は和風を基調とする。僧侶が創った幼稚園が寺らしく見えないのは選択の結果であり、この建物が住宅地の街路にすんなり収まっている理由でもある。

台帳の記載は、建築面積324平方メートル、木造平屋一部2階建、瓦葺及び鉄板葺。年代欄には昭和27年・同37年の増改築も併記されており、昭和8年のまま凍結された建物ではない。

登録に至るまでには10年かかっている。平成19年(2007年)1月、杉並区都市整備部まちづくり推進課による「杉並の面影を伝える建物」の調査で、委託を受けた市民団体「杉並たてもの応援団」の専門家2名が来園し、園舎を区の建物保存推薦リストに挙げた。本格的な資料作成が動き出したのは平成27年(2015年)から。翌28年2月、建築士2名が講堂の屋根裏に入り、建築の経緯を記した棟札を発見する。揮毫は伝通院第71世貫主・木村玄俊であった。同年12月に文化庁の現地視察が行われ、平成29年10月に登録。創建時の設計図面や関係資料が良好な状態で大量に残っていたことが高い評価につながったと園は記している。文化財プレートは平成30年(2018年)5月にお披露目され、翌月、園門のレンガに嵌め込まれた。

善福寺を歩く

先に明記しておく。井草幼稚園は幼い子どもたちが通う現役の教育施設であり、観光目的の見学先ではない。拝観料も見学時間の設定もなく、敷地内に自由に入ることはできない。過去に園主催の園舎見学・説明会が開かれたことはあるが、相応の理由があって建物を見たい場合は、当日訪問ではなく事前に園へ問い合わせるのが筋である。園児の撮影は論外で、公道から門とプレートを眺めて立ち去るのが適切な距離感といえる。

その代わり、周辺を歩く価値は十分にある。園は小高い坂の上にあり、晴れた冬の日には門前の正面に富士山が見える。すぐ隣は井草八幡宮。杉並でも屈指の広さと樹齢を持つ社叢を抱えた古社で、こちらは誰でも参拝できる。北西へさらに10分ほど歩けば、湧水の池を二つ持つ善福寺公園に出る。最寄り駅はJR中央線の西荻窪駅で徒歩約18分。荻窪駅・西荻窪駅から井草八幡宮方面へバス便もある。

記録を照合する人のために、二点だけ補足しておきたい。国のデータベースが記す所在地「善福寺一丁目155-2他」は地番表記で、園の郵便物の宛先は善福寺1丁目17番1号である。また登録範囲は敷地の全体ではない。後年に建てられた南側園舎は登録の対象外で、保護されているのは昭和8年の園舎とその初期の増築部分にあたる。

園はまた、平成年間に大規模な耐震補強工事を行い、その際に屋根瓦を寺社建築を専門とする施工会社の手で超軽量の金属瓦へ全面的に葺き替えたと記録している。使い続けるために手を入れ、地震に備え、本来の役目を続けさせる。登録有形文化財という制度が想定しているのは、こうした扱い方である。この建物の場合、本来の役目とは、平日の朝ごとに4歳児でいっぱいになることである。

Q&A

Q井草幼稚園園舎は見学できますか。
A自由な見学はできません。現役の幼稚園で、見学時間や拝観料の設定はなく、敷地内への立ち入りもできません。園主催の見学会が開かれることはあるため、建物を見たい場合は事前に園へお問い合わせください。敷地への無断立ち入りや園児の撮影はご遠慮ください。
Q井草幼稚園園舎はどこにありますか。最寄り駅からの行き方は?
A東京都杉並区善福寺一丁目、井草八幡宮のすぐ近くにあります。JR中央線の西荻窪駅から徒歩約18分。荻窪駅・西荻窪駅から井草八幡宮方面へのバス便も利用できます。
Q井草幼稚園園舎はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A文化庁は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」を登録基準として挙げています。講堂を中心とするL字型の平面、キングポストトラスの小屋組、和風を基調とした外観をそなえ、戦前の園舎が本来の用途のまま使われ続けている点が評価されました。
Q井草幼稚園の創立者と園舎の設計者は誰ですか。
A創立者は浄土宗の僧侶・鈴木積善で、関東大震災の孤児を保護する小石川学園の運営に携わったのち、昭和8年(1933年)に当園を創立しました。設計者は、園の記録によれば宮内省内匠寮の技官・森久吉で、鈴木の長年の盟友でした。
Q井草幼稚園園舎は重要文化財ですか。
A重要文化財ではなく、登録有形文化財(建造物)です。登録は平成8年(1996年)導入の制度で、届出制と指導・助言による緩やかな保護を行います。重要文化財・国宝は許可制のもとで厳選される指定文化財であり、別の枠組みです。

基本情報

名称井草幼稚園園舎(いぐさようちえんえんしゃ)
所在地東京都杉並区善福寺一丁目155-2他(園の住居表示:善福寺1丁目17番1号)
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号13-392 第88回登録
指定年平成29年(2017年)10月27日 登録
員数1棟
寸法建築面積324平方メートル/木造平屋一部2階建、瓦葺及び鉄板葺/昭和8年(1933年)建築、昭和27年・同37年増改築
所有者文化庁データベースに所有者名の記載なし(運営は学校法人松峯学園)
公開状況非公開。現役の幼稚園のため自由な見学はできない。園主催の見学会が開かれる場合のみ、事前の問い合わせが必要

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「井草幼稚園園舎」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011895
文化遺産オンライン「井草幼稚園園舎」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/294800
井草幼稚園 公式サイト「園舎有形文化財」
https://www.igusa-y.jp/yukeibunkazai
すぎなみ学倶楽部(杉並区公式情報サイト)「井草幼稚園 園舎」
https://www.suginamigaku.org/2025/03/igusayochien.html
文化庁「登録有形文化財(建造物)」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html

最終更新日: 2026.08.22