東京女子大学講堂・礼拝堂 ―― パリ郊外の教会堂への、杉並からの応答
まず目に入るのは塔である。東京女子大学の正門を入って右手、屋根の稜線の上に細身のコンクリートの軸が立ち上がり、その開口部にはプレキャストのトレーサリーがはめ込まれている。キャンパスで最も高い構築物であり、この塔は一つの外皮のなかに二つの機能が収まっていることを告げている。手前に礼拝堂、その奥に講堂。
竣工は昭和13年(1938年)。アントニン・レーモンドの戦前期日本における最後期の作品にあたる。このときすでにレーモンドは日本を離れており、設計を担当したのは事務所の杉山雅則だった。参照先は明確である。1923年にパリ郊外に建てられたオーギュスト・ペレのランシーのノートルダム教会は、鉄筋コンクリートによって壁面が色ガラスの格子へと溶けていく教会堂が成立することを示していた。杉山はこの先例に学びつつ、既存の校舎群と釣り合うようスケールを調整している。ただし本人は、そのまま写す意図はないと述べていた。
構造は鉄筋コンクリート造2階建、塔屋付。登録上の建築面積は1,186平方メートル。礼拝堂の奥に続く講堂は約1,000人を収容する大空間として設えられ、舞台の視認性を考えて平面は扇形に開く。天井は音響を考慮して段々に構成され、吸音性能のよい仕上げが施された。採光は天井のトップライトと側面のハイサイドライトから。いずれも格子状のすりガラスがはまる。
当初設計のなかで、ひとつ注目したい仕掛けがある。オルガン室は講堂客席の後方に置かれ、可動間仕切りを介して礼拝堂とつながっていた。間仕切りを開けば、パイプオルガンの響きが両方の空間に同時に届く設計だった。
登録の理由と価値
講堂・礼拝堂は登録有形文化財(建造物)である。登録年月日は平成10年(1998年)9月2日、告示は同月25日、第11回登録。登録番号は13-0028で、同日に大学の7棟へ連番で交付された登録番号のうち二番目にあたる。
「登録」は「指定」と同じものではない。平成8年(1996年)に始まったこの制度は、明治以降の膨大な建築が、指定の手続きが及ぶより早く取り壊されていく状況に対応するために設けられた。外観を大きく変更する際に届出を求める一方、建物はそのまま使い続けられる。この礼拝堂では毎朝の礼拝が今も行われている。使いながら残すという状態を制度の側が引き受ける、その設計思想がここには表れている。
適用された登録基準は「造形の規範となっているもの」。文化庁の解説文は塔とプレキャストのトレーサリーを特徴として挙げ、ペレのランシー教会堂をモデルとしたことで名高い、と記している。
記録上の小さな食い違いも記しておきたい。文化庁データベースは竣工を昭和13年(1938年)とし、本記事もこれに従っている。一方、レーモンド設計事務所の実績紹介では1937年竣工とされる。段階的な引き渡しにおける別々の節目を指しているとも考えられ、事実の対立というより記録の粒度の違いだろう。
なお本建物は、大学が歴史的建造物の維持管理に対して受けた平成4年度BELCA賞(ロングライフ・ビルディング部門)の対象にも含まれている。
見どころ
内部に入れる機会があれば、目が暗さに慣れるまで少し待ちたい。理由はステンドグラスにある。人物や場面を描く具象ではなく、幾何によって組み立てられているのがこの窓の特徴で、円、菱形、十字がコンクリートの格子のなかに配される。壁面は「窓のある面」ではなく「色の光でできた面」として立ち現れる。使われた色数を四十二色とする記述もあるが、これは二次的な情報なので、おおよその目安として受け取っておきたい。
コンクリートそのものにも語らせている。トレーサリーの部材が構造の枠と取り合う部分を見てほしい。目地は見えたまま、打ち込みの継ぎ目も隠されておらず、石造を模そうとする素振りがない。この率直さこそペレから学んだものであり、同時代の日本の建築のなかで、これほど明快にそれが持ち込まれた例は多くない。
パイプオルガンは建物と同時期のものではない。1991年秋に設置されたフランス・ヘルプフェル社製で、手鍵盤三段とペダル、35ストップを備える。ストップ仕様はカヴァイエ・コルに代表されるフランス・ロマンティックの流れを汲み、35ストップ中およそ半数が8フィートで占められる点は日本では珍しい。基音に重心を置いた響きになる。チャペルコンサートは学外の聴き手にも開かれており、この楽器のために選ばれた空間で音を聴くことは、静かなガラスを眺めるのとはまた別の体験になる。
建物には戦時の層も重なっている。校舎の一部が航空機の工場に転用され、外壁がコールタールで迷彩を施されたという話が地元の記述に見える。国の記録ではなく二次資料に拠るものなので、伝えられている事柄として扱いたい。
実務的な補足を。一般の見学は予約不要で、当日正門にて入構者情報を登録する。ただし礼拝堂内部への立ち入りは、日々の礼拝に使われている建物であるため、その日の予定次第となる。堂内での撮影には制限がある。内部を見ることが訪問の目的であれば、事前に問い合わせておくのが確実だろう。
Q&A
- 礼拝堂の中に入れますか。
- 内部への立ち入りが常に可能とは限りません。毎朝の礼拝をはじめ日常的に使用されているため、その日の予定によります。内部見学が目的の場合は事前にお問い合わせください。
- ペレのランシー教会堂の模倣なのですか。
- 国の記録もランシー教会堂をモデルとしたと明記しています。ただし周囲の建物に合わせてスケールは調整されており、担当した杉山雅則自身、そのまま写す考えはないと述べていました。
- 設計はレーモンドですか、杉山雅則ですか。
- レーモンドの戦前期の作品群およびキャンパス計画に属する建物ですが、文化庁は担当者として杉山雅則の名を記録しています。竣工時、レーモンドはすでに日本を離れていました。
- パイプオルガンはいつのものですか。
- 1991年の設置で、建物より半世紀以上あとのものです。フランスのヘルプフェル社製、手鍵盤三段とペダル、35ストップのフランス・ロマンティック仕様です。
- 講堂は別棟ですか。
- いいえ。礼拝堂と講堂は一棟の建物で、文化財としても1棟として登録されています。正門に近い手前が礼拝堂部、奥が講堂部です。講堂では入学式・卒業式や、秋の大学祭(VERA祭)が行われます。
基本データ
| 名称 | 東京女子大学講堂・礼拝堂(とうきょうじょしだいがくこうどう・れいはいどう) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都杉並区善福寺2-6-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録番号 | 13-0028 |
| 登録年月日 | 平成10年(1998年)9月2日(告示 同年9月25日/第11回登録) |
| 登録基準 | 造形の規範となっているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 年代 | 昭和13年(1938年) |
| 構造及び形式等 | 鉄筋コンクリート造2階建、塔屋付 |
| 建築面積 | 1,186平方メートル |
| 設計 | アントニン・レーモンド事務所/担当 杉山雅則 |
| 種別 | 学校/建築物 |
| 所有者 | 学校法人東京女子大学 |
| 現在の用途 | 礼拝、諸式典、コンサート、大学行事 |
| パイプオルガン | フランス・ヘルプフェル社製、1991年設置。手鍵盤三段とペダル、35ストップ |
| アクセス | JR中央・総武線西荻窪駅北口から徒歩約12分 |
| 公開状況 | キャンパス見学は予約不要(正門で入構者情報の登録)。礼拝堂内部は当日の使用状況による。堂内撮影に制限あり。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):東京女子大学講堂・礼拝堂
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000647
- 文化遺産オンライン:東京女子大学講堂・礼拝堂
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/113727
- 東京女子大学:キャンパス紹介
- https://www.twcu.ac.jp/main/about/campus/index.html
- 東京女子大学:パイプオルガンについて
- https://www.twcu.ac.jp/main/about/campus/pipeorgan.html
- BUNGA NET:レーモンド離日後に杉山雅則が完成させた「東京女子大学講堂・礼拝堂」
- https://bunganet.tokyo/sugiyama03/
最終更新日: 2026.07.22