子が父のために設計した家
金澤家住宅主屋は、東京都文京区西片二丁目にある昭和5年(1930年)建築の木造2階建住宅で、平成10年(1998年)12月11日に国の登録有形文化財(建造物)となった。文化庁の国指定文化財等データベースは、瓦葺および金属板葺、建築面積200平方メートルと記録する。
設計者は金澤庸治(1900〜1982)。東京美術学校(現在の東京藝術大学)の建築科で教えた建築家である。施主は依頼人ではなかった。自身の父であった。
その事情は、通りから見える姿にそのまま表れている。人目を引く正面構えも、車寄せの誇張もない。同じ昭和初期、東京の資産家層が競って建てた洋風意匠の主張とは、明らかに志向が異なる。板塀の向こうにあるのは、生涯にわたって出入りする者が自分のために整えた、落ち着いた住まいである。
施工は清水組。現在の清水建設にあたる。昭和5年の木造住宅で組織的な施工体制を選ぶことは当然の判断ではなく、約1世紀を経た軸部の状態はその選択の結果でもある。
登録の理由
平成8年(1996年)に始まった文化財登録制度は、この種の建物のために設けられた。個人が所有し、現に住み続け、築50年を超え、凍結せずに残す価値があるもの。重要文化財の指定に比べて所有者の義務は軽く、使いながら手を入れることが認められる。制度の要はそこにある。
金澤家住宅主屋の登録基準は「造形の規範となっているもの」、登録番号は13-0045。同じ敷地内の2棟も同日付で登録された。洋館が13-0046、門及び塀が13-0047である。文京区は区内の国登録有形文化財を65件と公表し、この制度では道路から見える外観が登録の対象になると説明している。
立地も評価の一部をなす。西片は江戸期に備後福山藩阿部家の中屋敷が置かれた土地で、明治以後は阿部家自身が敷地を住宅地として開発した。帝国大学が近いことから学者・文人が集まり、明治末期には「学者町」と呼ばれるようになる。西片一帯は関東大震災でも昭和20年の空襲でも大きな被害を免れたと伝わり、都心でこの年代の木造住宅が残る理由はそこにある。
なお文化庁データベースは金澤を「東京美術学校建築科の助教授」と記すが、東京藝術大学建築科の年譜では助教授就任を昭和11年(1936年)とし、昭和初年の時点では講師であったとする。本作の竣工年との間に6年の開きがあり、どちらの肩書で本作に臨んだかは資料により異なる。
見どころ
路上から屋根を見上げると、ひとつ気づくことがある。敷地内の建物のうち、2階建の主屋だけが棟を東西方向に振っている。他は別の軸に従う。地形の傾き、冬の陽が室内へ届く深さ、近づいてくる者の目に屋根面がどう重なるか。そうした条件を何度も現地で確かめたうえで図面に落とす、設計者らしい判断である。
葺材の使い分けも見ておきたい。ひとつの建物に瓦葺と金属板葺が併存し、それぞれ適した面に配されている。勾配の緩い部分や取合いの複雑な箇所は金属板が受け持ち、視線の集まる面には瓦が載る。装飾のための選択ではない。
本件は個人の住宅であり、公開されていない。拝観時間も拝観料も設定がなく、内部に入ることはできない。公道からの外観撮影は禁じられていないが、住人の生活の場である。西片の細い住宅街路に三脚を据えたり、声を張ったりする場所ではない。
交通は良い。東京メトロ南北線「東大前」駅から徒歩約7分、都営三田線「白山」駅から約12分。足を運ぶなら、二区画先の西片2-9-12にある平野家住宅もあわせて歩きたい。保岡勝也の設計になる主屋・洋館・蔵・茶室と2棟の門が、金澤家の3か月前、平成10年9月2日に登録されている。大正末から昭和初期の東京の専門職層がどう住まったかを、二軒の対比で読み取ることができる。
Q&A
- 金澤家住宅主屋の内部を見学することはできますか?
- できません。個人所有の住宅で、一般公開・拝観料・見学会のいずれも設定されていません。公道から外観を眺めることができ、登録の対象もその外観です。
- 金澤家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録されましたか?
- 昭和5年(1930年)の建築です。登録年月日は平成10年12月11日、登録告示は同年12月25日、登録番号は13-0045です。
- 金澤家住宅主屋を設計したのは誰ですか?
- 建築家の金澤庸治です。大正13年(1924年)に東京美術学校建築科の第1回生として卒業し、のち同校で教えました。父のために設計した住宅で、施工は清水組です。
- 金澤家住宅主屋への行き方を教えてください。
- 所在地は東京都文京区西片2-2-7。東京メトロ南北線「東大前」駅から徒歩約7分、都営三田線「白山」駅から約12分です。
- 金澤家住宅主屋の写真撮影はできますか?
- 公道からの外観撮影は禁じられていません。ただし居住中の住宅ですので、敷地内へレンズを向けない、路上に長く滞留しないなど、住宅街としての配慮が必要です。
基本情報
| 名称 | 金澤家住宅主屋(かなざわけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都文京区西片2-2-7 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号13-0045 |
| 指定年 | 平成10年(1998年)12月11日登録/同年12月25日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺および金属板葺、建築面積200平方メートル |
| 所有者 | 個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 非公開。外観のみ道路から見学可 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 金澤家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000954
- 文化遺産オンライン 金澤家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/113834
- 文京区 国登録文化財
- https://www.city.bunkyo.lg.jp/bunka/bunkazai/bunkazai/kunitoroku.html
- 文化遺産オンライン 平野家住宅主屋(文京区西片)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/185370
最終更新日: 2026.08.04