東京商船大学1号館 ― 震災復興が生んだキャンパスの顔

越中島キャンパスの正門を入って芝生越しに正対する建物が、この1号館である。現在の姿は最初のものではない。大正12年(1923年)の関東大震災で東京高等商船学校の校舎の多くが倒壊し、その復興として昭和7年(1932年)に再建された。高等商船学校の時代には本館と呼ばれ、以来キャンパスの中枢を担ってきた建物である。

構造は鉄筋コンクリート造3階建、建築面積は約1769平方メートル。外壁は昭和初期に流行したスクラッチタイル貼りとし、表面に細かな筋目を刻んだ煉瓦状のタイルが陰影をつくる。正面中央には半円形の大アーチによる玄関部を据え、水平に長い立面に明快な求心点を与えている。設計は特定の民間建築家ではなく、文部省・大蔵省による。官立学校建築として当時は一般的な体制であった。

登録の意味と価値

1号館は登録有形文化財で、登録年月日は平成9年(1997年)12月12日、告示は平成10年(1998年)1月8日、登録番号は13-0003である。ここで「登録」と「指定」の区別を確認しておきたい。国宝や重要文化財は指定という強い保護制度に置かれるが、登録有形文化財は平成8年(1996年)に導入された比較的緩やかな制度で、築後およそ半世紀を経た建造物を対象とし、日常的に使い続ける所有者の負担を抑える仕組みになっている。現役の大学施設にはこの枠組みが適合した。

登録基準は「造形の規範となっているもの」である。評価の核にあるのは抑制の効いた構成で、大規模な公共建築を過剰な装飾に頼らず、アーチの玄関と質感あるタイルに表現を託して簡潔にまとめ上げた点にある。同時期の学校建築が自らをどう見せようとしたか、その一つの到達を示す作例といえる。

見どころ

玄関部に近づくと、設計の二つの発想が重なって見えてくる。斜めからの光を受けてタイルの筋目が陰影を帯び、アーチが平板になりがちな正面の視線を中央へ引き上げる。この建物は多彩な履歴をもつ。戦後の一時期には警察予備隊本部として用いられ、その風格ある正面は映画やテレビドラマのロケ地として繰り返し使われてきた。

越中島キャンパスは東京海洋大学に属し、開門中は原則として立ち入ることができる。ただし自由に歩けるのは屋外の共用部で、1号館は講義室や事務室が入る現役の校舎のため内部見学はない。実際に乗り込める海の記念物を求めるなら、同じキャンパス内の徒歩圏に重要文化財の鉄船・明治丸があり、無料で公開されている。

Q&A

Q1号館の内部は見学できますか。
Aできません。講義室や事務室が入る現役の校舎です。開門中はキャンパスの屋外から外観を眺められますが、内部見学は行われていません。
Qスクラッチタイルとは何ですか。
A焼成前に表面へ細い平行の筋目を掻き入れた煉瓦状のタイルです。粗い肌が光と影を拾い、大正末から昭和初期の日本で外装材として広く用いられました。
Q登録有形文化財は指定文化財とどう違うのですか。
A重要文化財や国宝の「指定」は最も価値の高い対象に用いる強い制度です。「登録」は築後およそ半世紀を経て日常使用が続く建造物を対象とする緩やかな枠組みで、所有者の義務も軽く設定されています。
Q同じキャンパスで他に何が見られますか。
A重要文化財の鉄船・明治丸、明治期の旧天体観測所二棟、そして2号館がいずれも徒歩数分の範囲にあり、それぞれ文化財の指定・登録を受けています。
Qアクセスを教えてください。
AJR京葉線の越中島駅から徒歩約2分です。東京メトロ・都営地下鉄の門前仲町駅や月島駅からも徒歩10分ほどで着きます。

基本情報

名称東京商船大学1号館
所在地東京都江東区越中島2-1-6(東京海洋大学 越中島キャンパス)
指定区分登録有形文化財(登録番号 13-0003)
登録年月日平成9年(1997年)12月12日(告示 平成10年1月8日)
建設年昭和7年(1932年)
構造鉄筋コンクリート造3階建、建築面積約1769平方メートル
員数1棟
所有者国立大学法人東京海洋大学
公開状況開門中は屋外から外観の見学可、内部見学なし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) — 東京商船大学1号館
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000388
東京海洋大学 — 明治丸海事ミュージアム
https://www.kaiyodai.ac.jp/overview/facility/meijimaru/
東京海洋大学 — 越中島キャンパスマップ
https://www.kaiyodai.ac.jp/admission-cms/sp/mt/map/ettyuujima.html

最終更新日: 2026.07.10