東門脇家住宅旧酒蔵とは

東門脇家住宅旧酒蔵は、鳥取県西伯郡大山町所子にある明治31年(1898年)建築の酒造業の土蔵で、平成16年(2004年)11月8日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「ひがしかどわきけじゅうたくきゅうさかぐら」。土蔵造2階建、切妻造、桟瓦葺で、建築面積は72平方メートルある。

東門脇家は分家して興された家で、大山町の説明によると、のちに酒造業と金融業を営んだ。文化庁の解説は、この酒造業が明治期から営まれていたと記す。東門脇家住宅旧酒蔵は、同じ年に建てられた旧麹室とともに、その家業を今に伝える建物である。

敷地の北奥に構えた酒蔵

東門脇家住宅旧酒蔵は、屋敷の奥、北の側に建つ。南の道に面した門長屋や蔵が屋敷の表の顔であるのに対し、酒蔵は敷地のいちばん奥に置かれている。規模は桁行4間、梁間3間半で、東門脇家住宅の土蔵造の建物では最も大きい。

主屋が建てられた文政元年(1818年)から80年後、明治31年(1898年)に酒蔵と麹室が加わり、翌年には味噌蔵も建った。屋敷の北側が、明治の終わり近くに醸造の場として整えられたことが、年代の並びから分かる。

幅広の下屋庇と板で守った白壁

東門脇家住宅旧酒蔵の南面には幅の広い下屋庇を設け、1階に戸口、2階に窓を開ける。外壁は漆喰塗で、1階部分は板で覆っている。

南に深く張り出した下屋庇は、雨の日にも戸口の前で荷の出し入れや作業ができる軒下の空間をつくる。酒造りでは米や樽、道具の運び込みが多く、戸口の前に屋根のかかった場所があることは実用上の意味が大きい。1階の板張りは、人や荷が当たりやすい高さの漆喰壁を傷みから守る。

東門脇家住宅旧酒蔵が登録された理由

東門脇家住宅旧酒蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録有形文化財となった。文化庁の解説は、往時の生業の一端を今に伝えている点を挙げている。

所子は農業を生業とした集落で、保存地区の建物の多くは農家の主屋や厩、納屋、蔵である。そのなかで東門脇家住宅旧酒蔵は、農家の分家が醸造業へと家業を広げたことを示す建物として、集落の歴史に別の側面を加えている。

東門脇家住宅旧酒蔵の見学

東門脇家住宅旧酒蔵は敷地の北奥にあり、位置関係からみて、南の道に面した正面からは主屋などの陰になりやすい。通りから見える範囲は限られ、下屋庇のある南面は敷地の内側を向いている。屋敷は個人の住宅で一般公開はしておらず、酒蔵の内部も非公開である。

撮影についての公式な案内は見当たらなかった(2026年9月確認)。屋敷の北側の様子は、敷地に入らずに通りから見える範囲で確かめるにとどめたい。

Q&A

Q東門脇家住宅旧酒蔵はいつ建てられましたか?
A明治31年(1898年)です。旧麹室も同じ年の建築です。
Q東門脇家住宅旧酒蔵はどのくらいの大きさですか?
A桁行4間、梁間3間半の土蔵造2階建で、建築面積は72平方メートルです。
Q東門脇家住宅旧酒蔵の外観の特徴は何ですか?
A南面に幅の広い下屋庇を設け、1階に戸口、2階に窓を開けています。外壁は漆喰塗で、1階部分を板で覆っています。
Q東門脇家では酒造りをしていたのですか?
Aはい。東門脇家は明治期から酒造業を営み、金融業も手がけました。東門脇家住宅旧酒蔵はその酒造業の施設です。
Q東門脇家住宅旧酒蔵は見学できますか?
A見学できません。個人の住宅の敷地の奥にあり、一般公開はしていません。

基本情報

名称東門脇家住宅旧酒蔵(ひがしかどわきけじゅうたくきゅうさかぐら)
所在地鳥取県西伯郡大山町所子425
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成16年(2004年)登録
員数1棟
寸法建築面積72㎡、桁行4間(土蔵造2階建)
所有者非公表
公開状況非公開(敷地の奥で通りからは見えにくい)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)東門脇家住宅旧酒蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004401
文化遺産オンライン 東門脇家住宅旧酒蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/141671
大山町 東門脇家住宅
https://www.daisen.jp/10/33/1/s148/p136/
大山町 大山町所子伝統的建造物群保存地区
https://www.daisen.jp/10/33/2/1/

最終更新日: 2026.09.29