宇倍神社透塀とは
宇倍神社透塀(うべじんじゃすきべい)は、鳥取県鳥取市国府町宮ノ下の宇倍神社で本殿の周りを囲む透塀で、大正11年(1922年)に造られ、令和6年(2024年)3月6日に登録有形文化財となった。登録番号は31-0285、登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
宇倍神社透塀は木造で、屋根は銅板葺、延長は61メートルに及ぶ。昭和前期と昭和48年(1973年)の2度にわたって改修を受けている。登録された4件のうち、建物ではなく工作物として登録されたのは、この透塀と神門である。
幣殿から延びて本殿を囲む
文化庁の解説によると、宇倍神社透塀は幣殿の両脇から始まり、後方へ延びて本殿をぐるりと囲んでいる。拝殿と本殿をつなぐ幣殿を起点にすることで、参拝者の立つ拝殿の側と、神の座である本殿の側とを塀1本で分けている。
正面の両脇には出入口が設けられている。延長61メートルの塀が、幣殿の脇から本殿の背後までを途切れなく巡る。
基壇から屋根までの組み立て
宇倍神社透塀の足元は、切り出した石を積んだ基壇である。その上に土台を据え、柱を1間ごとに立てる。柱の上からは腕木を持ち出して軒桁を受け、銅板葺の小さな屋根を架ける。
柱と柱の間の上部には連子窓を入れ、下の腰の部分は縦に張った板の継ぎ目を細い目板で押さえる縦板目板張とする。上が透け、下がふさがる。この組み合わせが「透塀」の名の由来で、本殿を隠しきらずに囲う形になっている。
本殿と一体の景観
文化庁の解説は、宇倍神社透塀が本殿と一体となって境内の歴史的な景観をつくっていると評している。連子窓の列が本殿の周りに水平の帯を引き、その上に本殿の檜皮葺の屋根と千木が立ち上がる。塀があることで、本殿は奥まった特別な場所として見える。
本殿が明治31年(1898年)、透塀が大正11年(1922年)と、建てられた時期には24年の開きがある。明治の本殿を、大正の塀があとから囲い込んだ順序になる。
宇倍神社透塀の見学方法
宇倍神社透塀は外側から見学する。塀の内側は本殿の区域で、立ち入ることはできない。塀は幣殿の両脇から延びているので、拝殿の左右へ回ると塀の外側に出られ、連子窓の並びと腰の目板張り、足元の石積みの基壇を間近に見られる。
連子窓の格子越しには、内側の本殿の縁や高欄がのぞく。格子に顔を近づけすぎず、少し離れて塀の長い連なりごと眺めると、景観への寄与という登録の理由が実感しやすい。境内への行き方は宇倍神社のページにまとめてある。
Q&A
- 宇倍神社透塀はいつ造られましたか。
- 大正11年(1922年)です。昭和前期と昭和48年(1973年)に改修されています。
- 宇倍神社透塀の長さはどのくらいですか。
- 延長61メートルです。幣殿の両脇から後方へ延び、本殿を囲んでいます。
- 宇倍神社透塀はどんな造りですか。
- 石積みの基壇に土台を置いて柱を1間ごとに立て、腕木で軒桁を支えて銅板葺の屋根を架けています。柱間の上部は連子窓、下部は縦板目板張です。
- 宇倍神社透塀の内側に入れますか。
- 入れません。塀の内側は本殿の区域です。外側を歩きながら、連子窓越しに本殿の縁や高欄をのぞくことはできます。
- 宇倍神社透塀が登録有形文化財になったのはいつですか。
- 令和6年(2024年)3月6日です。登録番号は31-0285で、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。
基本データ
| 名称 | 宇倍神社透塀(うべじんじゃすきべい) |
|---|---|
| 所在地 | 鳥取県鳥取市国府町宮ノ下651 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 31-0285 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)3月6日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造、銅板葺、延長61メートル |
| 所有者 | 宗教法人宇倍神社 |
| 公開状況 | 外側から見学可(塀の内側は立入不可) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 宇倍神社透塀(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014926
- 国指定文化財等データベース 宇倍神社本殿(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014924
- 境内マップ(宇倍神社公式サイト)
- https://www.ubejinja.or.jp/new-sampai/map/
最終更新日: 2026.09.27