長保寺多宝塔とは:純和様で統一された室町前期の塔

長保寺多宝塔は、和歌山県海南市下津町上の長保寺にある室町時代前期の三間多宝塔で、明治37年(1904年)に旧国宝に指定され、昭和28年(1953年)に国宝に指定された。

文化庁の記録では、長保寺多宝塔は三間多宝塔、本瓦葺で、年代を正平12年(1357年)とする。和歌山県によると、心柱に正平12年(1357年)の墨書がある。

指定の理由:現存する多宝塔の傑作の一つ

文化庁は、長保寺多宝塔が純和様を採用し、一重と二重の釣り合いがよく安定した形をなし、細部も現存する多宝塔の傑作の一つだと評価している。一方で内部の須弥壇は唐様(禅宗様)であり、指定当時は建立年代が不明で本堂よりやや遅れるとみていた。

長保寺は、康永3年(1344年)の弘法大師御影堂建立の勧進状に塔の名が見えることから、そのころにはすでに建っていたと紹介しており、心柱の墨書の年とは食い違いがある。和歌山県は、この時期の多宝塔を代表するものとして国宝の指定を受けているとしている。

長保寺多宝塔の見どころ:低い亀腹と巴文の勾欄

海南市と長保寺によると、著しく低い亀腹と勾配の緩い屋根がよく調和して安定感を与え、力強い組物、美しい蟇股、折上小組格天井など、外観も内部も雄健な手法を見せている。

内部の仏壇は禅宗様で、腰の唐草彫刻は優美である。長保寺によると、正面の勾欄は平桁がなく、蕨手と地覆の間の網目に巴文を入れた透彫りで、ほかに類例のない珍しいものだという。

長保寺多宝塔の見学について

長保寺は令和5年(2023年)6月の集中豪雨による土砂崩れの復旧工事のため、現在は拝観停止中である。寺の公式サイトは、あと2〜3年は拝観できない見込みだとしている。再開の状況と、再開後の拝観条件は長保寺のページにまとめてある。

Q&A

Q長保寺多宝塔はいつ建てられましたか?
A心柱に正平12年(1357年)の墨書があります。長保寺は、康永3年(1344年)の文書に塔の名が見えることから、そのころには建っていたとも紹介しています。
Q長保寺多宝塔の建築の特徴は?
A外回りを純和様で統一し、一重と二重の釣り合いがよく、低い亀腹と緩い屋根勾配が安定感を与えています。内部の須弥壇は禅宗様です。
Q長保寺多宝塔はいつ国宝になりましたか?
A明治37年(1904年)に旧国宝に指定され、昭和28年(1953年)に国宝に指定されました。
Q長保寺多宝塔は今見学できますか?
A2023年6月の土砂崩れの復旧工事のため、長保寺は拝観停止中です。
Q長保寺多宝塔の内部で珍しいものは?
A正面の勾欄の巴文の透彫りで、長保寺はほかに類例のないものと紹介しています。

基本情報

名称長保寺多宝塔(ちょうほうじたほうとう)
所在地和歌山県海南市下津町上689
指定区分国宝(建造物)
指定年昭和28年(1953年)3月31日国宝指定(明治37年(1904年)8月29日旧国宝指定)
員数1基
寸法三間多宝塔、本瓦葺
所有者長保寺
公開状況拝観停止中(2023年の土砂崩れの復旧工事)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「長保寺多宝塔」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2838
わかやまの文化財「長保寺多宝塔」
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai_222/
海南市「長保寺」
https://www.city.kainan.lg.jp/kanko/midokoro/bunkazai/chohoji.html
長保寺「長保寺多宝塔解説」
https://www.chohoji.or.jp/intro/tou-2.htm

最終更新日: 2026.09.27