福田家住宅離座敷
すさみ町佐本の福田家の屋敷では、主屋の西側に渡廊下を介して、小ぶりな離座敷が建つ。明治36年(1903年)の建築で、主屋に遅れること二年、忙しい山間の家のなかで、客を迎え、あるいは日々の営みから離れてくつろぐための静かな一棟として設けられた。床面積は約42平方メートルである。
建物の中心は6畳の座敷で、床・棚・付書院という日本の座敷の改まった構えを備える。注目すべきは木割りである。構造を通してケヤキが用いられ、部材は細身にまとめられているため、室内は重々しさよりも軽快で明るい趣をもつ。渡廊下が主屋へとつなぎ、両者を一続きに使いながらも、離座敷を一歩離れた場として保っている。
登録の理由と価値
福田家の屋敷は平成24年(2012年)2月に国の登録有形文化財となった。江戸末期から大正期に及び、定められた配置のまま残る建物群として、一体で評価されたものである。離座敷も、屋敷全体に適用された国土の歴史的景観に寄与しているものという基準のもとに登録された。
このような専用の座敷を設けていることは、福田家が改まった形で客をもてなす財力と志向の双方を備えていたことを示している。納屋や風呂及び便所が農の働きを受け持ったのに対し、離座敷は屋敷の社交と儀礼の場を引き受けた。少し離して建て、廊下でつないだこうした空間をもつことは、有力な在郷の家にとって格を示すものであった。
見どころ
まず6畳間の改まった三点、すなわち掛軸や花を飾る床、その脇の違い棚、そして付書院に目をとめたい。これらは日本の座敷の基本的な語彙をなすもので、ここでは小ぶりで程よくまとめられた形に収まっている。次いで木をよく見たい。細身のケヤキの部材こそが室内に軽快さを与えており、小さな空間が閉塞しないよう意図された選択である。
渡廊下も見るべきところである。離座敷がどのように到達されるべき場であったか、雨をしのぎながらも主屋から一歩離して置かれていたことが、ここに見てとれる。屋敷は通常は公開されていないため、内部はすさみ町立歴史民俗資料館を通じて催される見学会の機会に見るものとなる。
Q&A
- 離座敷は何に使われたのですか。
- 客を迎える座敷として、また主屋から少し離れてくつろぐ場として使われました。6畳の座敷に日本の座敷の改まった要素を備えています。
- いつ建てられたのですか。
- 明治36年(1903年)、明治中期の建築です。明治34年(1901年)の主屋に遅れること二年の建築です。
- 床・棚・付書院とは何ですか。
- 改まった日本の座敷の基本的な構えで、飾りのための床の間、違い棚、窓辺の作り付けの机にあたる付書院を指します。離座敷の6畳間はその三つをすべて備えています。
- 渡廊下とは何ですか。
- 離座敷を主屋の西側につなぐ屋根付きの廊下です。両者を一続きに使いながら、離座敷を一歩離れた場として保っています。
- 内部を見ることはできますか。
- 屋敷は個人の所有で、常時公開はされていません。すさみ町立歴史民俗資料館を通じて催された見学会で内部が公開された実績があり、見学についてはそちらへお問い合わせください。
基本情報
| 名称 | 福田家住宅離座敷(ふくだけじゅうたくはなれざしき) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県西牟婁郡すさみ町佐本東栗垣内115 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/平成24年(2012年)2月23日登録 |
| 年代 | 明治36年(1903年) |
| 員数・規模 | 1棟/床面積約42平方メートル、主屋西側に渡廊下を介して建つ |
| 構造形式 | 木造、6畳に床・棚・付書院を備える、細身のケヤキ部材 |
| 所有者 | 個人(福田家) |
| 公開状況 | 常時非公開/すさみ町立歴史民俗資料館による見学会の実績あり |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)福田家住宅離座敷
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009211
- 紀伊民報AGARA:国登録文化財を町民見学 すさみ・佐本地域の「福田家住宅」
- https://www.agara.co.jp/article/420041
最終更新日: 2026.06.25