福田家住宅風呂及び便所
すさみ町佐本の福田家の屋敷では、主屋の東、納屋の南に、入浴と便所のためだけにあてられた一棟が建つ。大正元年(1912年)、大正期の入口にあたる年の建築で、古座街道沿いの計画された屋敷の一部をなす。こうした日常の用に供する建物が独立して残る例は多くなく、その点でも目を向ける値打ちがある。
建物は約4.7メートル×約4.5メートルの規模をもつ。間取りは明快に分かれており、南側に5つの便所を並べ、北側に風呂と脱衣の場を設ける。外壁は板壁と黄土塗りを組み合わせた、実用に即した簡素な仕上げである。小さな建物ながら、大きな在郷の家が日々のもっとも当たり前の部分をどう整えていたかを記録している。
登録の理由と価値
福田家の屋敷は平成24年(2012年)2月に国の登録有形文化財となった。江戸末期から大正期に及び、定められた位置のまま残る建物群として、一体で評価されたものである。風呂及び便所も、屋敷の他の建物と同じく、国土の歴史的景観に寄与しているものという基準のもとに登録された。
この種の建物が残されることは多くない。門や座敷は大切にされて維持される一方、風呂や便所の棟は設備の変化とともに建て替えられ、あるいは取り払われるのが常である。それが元の位置に、元の機能の振り分けのまま残っていることで、屋敷はその見せ場だけでなく、働く家全体として読み解ける。とりわけ5つの便所は、大家族とそれを支える人々の存在を指し示している。
見どころ
間取りを日々の暮らしの記録として読みたい。南に5つの便所、北に風呂と脱衣の場という明快な分け方は、これらの機能を小さな建坪のなかに意図して秩序立てたことを示している。もうひとつ目をとめたいのは壁で、板壁と黄土塗りの組み合わせは、見栄えよりも耐久性と補修のしやすさを見込んで選ばれている。
門や離座敷と並べてみると、この建物は福田家の屋敷像を締めくくる、改まった空間に対する働く側の一棟といえる。屋敷は通常は公開されていないため、すさみ町立歴史民俗資料館を通じて催される見学会の機会に見るものとなる。見学や関連の展示については、同資料館へ問い合わせるとよい。
Q&A
- 風呂及び便所がなぜ重要なのですか。
- こうした日常の用に供する建物は残されることが少ないためです。元の位置に元の間取りのまま残っており、屋敷を完結した働く家として理解する助けとなります。
- いつ建てられたのですか。
- 大正元年(1912年)、大正期の初めの建築です。明治42年頃(1909年頃)の正門より少し新しいものです。
- どのような間取りですか。
- 約4.7メートル×約4.5メートルの建坪で、南側に5つの便所を並べ、北側に風呂と脱衣の場を設けています。
- 壁は何でできていますか。
- 板壁と黄土塗りを組み合わせたもので、用に供する建物にふさわしい簡素で実用的な仕上げです。
- 見学はできますか。
- 屋敷は個人の所有で、常時公開はされていません。すさみ町立歴史民俗資料館を通じて見学会が催されたことがあるので、訪れる前にそちらへお問い合わせください。
基本情報
| 名称 | 福田家住宅風呂及び便所(ふくだけじゅうたくふろおよびべんじょ) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県西牟婁郡すさみ町佐本東栗垣内115 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/平成24年(2012年)2月23日登録 |
| 年代 | 大正元年(1912年) |
| 員数・規模 | 1棟/約4.7メートル×約4.5メートル、主屋の東・納屋の南に建つ |
| 構造形式 | 木造、南に便所5、北に風呂・脱衣、板壁と黄土塗りの外壁 |
| 所有者 | 個人(福田家) |
| 公開状況 | 常時非公開/すさみ町立歴史民俗資料館による見学会の実績あり |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)福田家住宅風呂及び便所
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009213
- 紀伊民報AGARA:国登録文化財を町民見学 すさみ・佐本地域の「福田家住宅」
- https://www.agara.co.jp/article/420041
最終更新日: 2026.06.25