福田家住宅石垣及び土塀 ― 山あいの集落に築かれた城郭のような石垣

和歌山県の南部、すさみ町佐本東栗垣内の山あいに、高さ約4メートル・総延長98メートルの石垣が屋敷の正面を走る。反りをもたせた布積で精緻に積み、その姿は城郭を思わせる。福田家住宅の石垣と土塀であり、この長大な石積みこそが国の登録の対象である。

敷地には正背面の二条の石垣と、正面の土塀がある。正面石垣が98メートル、背面石垣は同じ布積で56メートル、合わせて石垣は総延長約154メートルにおよび、石段を伴う。正面にはさらに、漆喰仕上げ・桟瓦葺の土塀が63メートル続く。石積みは江戸末期にさかのぼり、明治33年(1900年)・大正3年(1914年)の増築が記録される。

誰が積んだのか

これほど精度の高い石垣は、ありあわせの手では築けない。地元では、町内に居住し近隣一帯で仕事をした石工集団「黒鍬衆(くろくわしゅう)」の手による可能性が高いとされる。文献で確定した事柄ではなく地域に伝えられる説のため、有力な推定として受け止めておきたい。いずれにせよ技量は明らかで、山間の一農家が、城や寺社に通じる水準の石積みを擁していたことになる。

福田家の屋敷は、険しい紀伊半島の内陸を南の海岸へ抜ける古座街道沿いに位置する。主屋は明治34年(1901年)、離座敷は明治36年(1903年)の建築で、石垣と土塀はこの明治期の屋敷を囲む。山村の有力な家が、立派な住宅のみならず、それを支える造成そのものによって家の構えを示したことがうかがえる。

登録の理由と見学について

石垣及び土塀は、平成24年(2012年)2月23日に登録有形文化財(建造物)に登録された。平成8年(1996年)に始まったこの制度は、重要文化財や国宝の指定の下に位置づけられ、歴史的景観を形づくる建造物・工作物を保全するものである。本件では、長大な石垣と土塀を一具の造形として評価しており、山腹の敷地に城構えのような風格を与えている点が認められている。

福田家住宅は私邸で、通常は公開されていない。内部は限られた見学の機会に入れるにすぎないが、石垣は屋敷へ至る通路に沿うため、外からその構えを味わえる。訪問の前後には、住宅に関する資料を展示するすさみ町立歴史民俗資料館を訪ねるとよい。海沿いの水族館や枯木灘海岸など、町の海の見どころと組み合わせるのもよいだろう。

Q&A

Q石垣はどれくらいの規模ですか。
A正面石垣は高さ約4メートル・延長98メートル、背面石垣は56メートルで、石段を含めて石積みは総延長約154メートル。正面にはさらに土塀が63メートル続きます。
Q誰が築いたのですか。
A地元の石工集団「黒鍬衆」による可能性が高いとされます。文献で確定した事柄ではなく地域に伝わる説のため、有力な推定として受け止めてください。
Qなぜ城郭のように見えるのですか。
A反りをもたせた布積という、城の石垣にも用いられる安定した積み方によるためで、これが屋敷に城構えのような風格を与えています。
Q見学はできますか。
A私邸のため通常は非公開です。石垣は通路沿いで外から見られます。すさみ町立歴史民俗資料館で関連資料を展示しています。

基本情報

名称福田家住宅石垣及び土塀(ふくだけじゅうたくいしがきおよびどべい)
所在地和歌山県西牟婁郡すさみ町佐本東栗垣内115
指定区分登録有形文化財(建造物)/平成24年(2012年)2月23日登録
年代江戸末期/明治33年(1900年)・大正3年(1914年)増築
構造石垣=石造、総延長約154m、石段付/土塀=瓦葺、総延長約63m
員数1棟
公開状況私邸・通常非公開。石垣は通路から見学可。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 福田家住宅石垣及び土塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009216
文化遺産オンライン(国立文化財機構) 福田家住宅主屋(すさみ町)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/243683
紀伊民報AGARA 国登録文化財を町民見学 すさみ・佐本地域の「福田家住宅」
https://www.agara.co.jp/article/420041

最終更新日: 2026.06.22