紀伊の山中に建つ北海道の建築

北海道大学和歌山研究林本館は、和歌山県東牟婁郡古座川町平井にある木造2階建の演習林宿舎で、昭和2年(1927年)に竣工し、平成25年(2013年)3月29日に国の登録有形文化財に登録された。

平井は古座川の支流・平井川の上流にある集落で、紀伊半島南部、白浜と新宮のほぼ中間にあたる。一本の道に沿って木造平屋の家々が並ぶなか、少し高くなった土地に、急勾配の鉄板葺の屋根が見える。左右対称、両翼の妻壁を前に向けた切妻造。周囲とは明らかに出自の違う建物である。

平面はH形。建築面積は182平方メートル。外壁は下見板張だが、両翼の妻壁だけはシングル張とする。窓はもともと二連・三連の上下窓で、のちに引違いに改修された。小屋組は繋梁の入った垂木小屋。台風の常襲地で百年近く持ちこたえてきた、簡潔な構造である。

なぜ北海道の大学の森が和歌山にあるのか

当時の北海道帝国大学が求めていたのは暖帯林だった。札幌で学ぶ林学の学生は亜寒帯の森しか実地で扱えない。気候帯の異なる本州に演習の場が要る。そこで大正14年(1925年)、大学は用地を探し始めた。

打診の場となったのが全国知事会である。名乗りを上げたのが和歌山県だった。県内で4か所の候補地が検討され、最終的に平井が選ばれた理由は、飛び地がないことと、地元の誘致活動が熱心だったことにある。大学は、平井集落が共同で管理していた林地の一部を買い取る形で研究林を開設した。

本館の竣工はその2年後、昭和2年である。材は周囲の森から伐り出した。設計は札幌の北海道帝国大学営繕課で、青焼きの図面が今も保管されている。棟梁を務めたのは平井集落の大工だった。研究林での教育は現地での実習が中心となるため、建物は学生と職員の寄宿施設として計画された。

この建物には、平井では必要のない北国の作法が混ざっている。屋根の勾配はきつい。玄関上部の庇は鎖で頑丈に補強されている。基礎は高い。いずれも積雪への備えだが、平井にはほとんど雪が降らない。設計者は自分たちの知る形をそのまま描いたのか、あるいは遠く離れた紀州の山に札幌の姿を立ち上げたかったのか。

内部は、正面の2階建部分が学生の寝室や研究室、奥の平屋部分が和室の教官室で、両者をつなぐ廊下沿いに炊事室や水回りが納まっていた。平成7年(1995年)の改修で部屋の用途は変わったが、外観も内装も大半は建設当時の雰囲気を残す。屋根の上には小さな観測スペースがある。

本館を取り巻く森

研究林の面積は約447ヘクタール、およそ4.5平方キロメートル。標高は林内入口付近の約240メートルから大森山山頂の842メートルまで。本館の建つ位置は約190メートルにあたる。敷地の7割を傾斜30度以上の急斜面が占める。地質は古第三紀牟婁層群で、砂岩、あるいは砂岩と泥岩の互層からなり、その上の森林土壌は薄い。

降水量が並外れている。1991年から2020年の平年値で年間約3,500ミリ。全国1,022か所のアメダス観測所のうち11番目に多い。年平均気温は約15度。6月から9月にかけての梅雨と台風の時期に、まとまって降る。

森の約4分の3はスギ・ヒノキの造林地で、残る4分の1がシイ・カシ類を主体とする照葉樹の天然林である。そのうち60ヘクタールほどは少なくとも100年近く大きな人為攪乱を受けておらず、保存林として管理されている。小規模ながら天然のスギ・ヒノキ・コウヤマキの純林も残る。平成22年(2010年)には和歌山県立自然公園の特別地域に指定された。

名称が「演習林」から「研究林」に変わったのは平成14年(2002年)。農学部附属から全学共同利用の施設へ改組され、林学だけでなく理学・環境科学・医学・工学・人文学まで受け入れる組織になったことによる。令和7年(2025年)に創立100周年を迎えた。

訪ねるにあたって

外観の見学はいつでも可能。内部も予約なしで見ることができ、研究林のスタッフが在席する平日9時から16時40分頃の来訪が求められている。手すきであれば簡単なガイドもしてもらえる。見学料はかからない。庁舎内も敷地内も林内も全面禁煙である。

行き方には段取りが要る。最寄りはJR古座駅・串本駅・周参見駅、それに南紀白浜空港だが、送迎は調査・研究にかかわる利用に限られ、一般の見学者は対象外である。平井地区にはコンビニもスーパーもなく、自動販売機が数台あるだけなので、必要なものは串本町内などで調達してから向かうことになる。

林内への自家用車の乗り入れはできない。落石や陥没の多い道であるため、研究林が許可した車両以外は認められていない。加えて、令和6年(2024年)4月頃から平井の大原平地区で地すべりが発生し、本館から森へ通じる国道のうち約0.5キロが通行止めとなっている。令和7年(2025年)12月時点で解除の見通しは立っていない。本館そのものへの到達には影響しないが、森へ入る計画がある場合は事前確認が要る。

スタッフは、雨で山に出られない日などに研究林の木で木工品・工芸品を作っている。販売は本館庁舎のほか、道の駅一枚岩、札幌キャンパスの北海道大学オリジナルショップの3か所で通年行われている。団体での実習や見学会を希望する場合は事務室(0735-77-0321)へ。土日祝の対応は調整が必要で、遅くとも2か月前の相談が求められている。

Q&A

Q北海道大学和歌山研究林本館の内部は見学できますか。予約は必要ですか?
A見学できます。外観はいつでも、内部も予約なしで見ることが可能です。スタッフが在席する平日9時から16時40分頃に訪ねてください。手すきの時間であれば簡単な案内もしてもらえます。見学料は不要で、敷地内は全面禁煙です。
Qなぜ北海道大学和歌山研究林は和歌山県に置かれたのですか?
A亜寒帯の北海道で学ぶ学生に、気候帯の異なる本州の暖帯林で実習させる場が必要だったためです。大正14年(1925年)に全国知事会で用地確保を打診したところ和歌山県が名乗りを上げ、県内4か所の候補地から、飛び地がなく地元の誘致が熱心だった平井が選ばれました。北海道大学が道外に持つ唯一の施設です。
Q北海道大学和歌山研究林本館はいつ建てられ、誰が設計したのですか?
A研究林創立の2年後、昭和2年(1927年)の竣工です。設計は札幌の北海道帝国大学営繕課で、図面も残されています。棟梁は平井集落の大工が務め、材は周囲の森から伐り出されました。
Q北海道大学和歌山研究林本館の建築上の見どころはどこですか?
AH形平面の左右対称な洋風木造建築で、急勾配の切妻屋根を鉄板で葺き、外壁を下見板張とする点が、同時期の北海道帝国大学の建造物と共通します。急な屋根勾配、鎖で補強された玄関の庇、高い基礎など、雪の少ない紀州には不要な北国の意匠が見られるのも特徴です。
Q北海道大学和歌山研究林への行き方は。林内に自家用車で入れますか?
A所在地は古座川町平井559で、最寄りはJR古座駅・串本駅・周参見駅です。送迎は調査・研究利用に限られ、一般見学者には行われていません。林内の道は落石や陥没が多く、研究林の許可車両以外は乗り入れできません。
Q北海道大学和歌山研究林へ通じる道路は地すべりの影響を受けていますか?
A令和6年(2024年)4月頃から大原平地区で地すべりが続き、本館から森へ通じる国道の約0.5キロ区間が通行止めとなっています。令和7年(2025年)12月時点で解除の見通しは示されていません。本館までの到達には支障ありませんが、森へ入る予定がある場合は0735-77-0321へ事前にご確認ください。

基本データ

名称北海道大学和歌山研究林本館(ほっかいどうだいがくわかやまけんきゅうりんほんかん)
所在地和歌山県東牟婁郡古座川町平井560-1他(庁舎所在地は平井559)
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 30-0170
指定年平成25年(2013年)3月29日登録(第74回登録)
員数1棟
寸法木造2階建、鉄板葺、建築面積182平方メートル(昭和2年竣工/平成7年改修)
所有者国立大学法人北海道大学
公開状況外観は随時。内部は予約不要、平日9時〜16時40分頃。見学料無料。電話 0735-77-0321

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 北海道大学和歌山研究林本館
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009523
文化遺産オンライン 北海道大学和歌山研究林本館
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/269546
北海道大学 和歌山研究林(公式サイト)
https://hokudaiwakayama.jimdofree.com/
北海道大学 森林圏ステーション 和歌山研究林
https://hokudaiforest.jp/about-us/和歌山研究林
わかやまの文化財(和歌山県教育庁文化遺産課) 北海道大学和歌山研究林本館
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-877/
一般社団法人和歌山県建築士会 紀州近代化遺産めぐり
https://www.wakayama-aba.jp/isan_meguri/

最終更新日: 2026.08.28