川口家住宅応接間とは
川口家住宅応接間は、和歌山県有田郡有田川町西丹生図にある川口家の屋敷で主屋の正面西の隅に接続する木造平屋建の洋風の接客棟で、昭和43年(1968年)に建てられ、平成30年(2018年)に国の登録有形文化財に登録された。
川口家住宅応接間は東を向いて建ち、桁行3間半、梁間2間、建築面積は29㎡である。切妻造の屋根を洋瓦で葺き、内部は応接室と、それに付属する部屋からなる。主屋とは廊下でつながっていて、ふだんは主屋の側から出入りした。
戦後に建てた独立の洋風応接室
文化庁のデータベースは、川口家住宅応接間を戦後期における独立した洋風応接室の一例と評価している。登録有形文化財としての基準は、主屋と同じ「造形の規範となっているもの」である。
和風の主屋に洋間を組み込むのではなく、廊下で結んだ別棟として洋風の応接室を建てた点に、この建物の性格がある。昭和43年(1968年)の建築で、川口家住宅の5件のうちではいちばん新しい。登録されたのは平成30年(2018年)で、建ってからちょうど50年にあたる年だった。
和歌山県の解説によれば、応接間は客を迎えるためだけでなく、先代の当主がピアノを教える教室としても使われた。付属の和室は書斎にあてられていたという。
色モルタルの外壁と大理石の暖炉型
川口家住宅応接間の外壁は柱を見せない大壁で、色モルタルを吹き付けて仕上げている。屋根の洋瓦とあわせて、外観は主屋の和風とはっきり違う。タイル敷きのテラスも備えている。
応接室の見どころは2つある。1つは成(高さ)の大きい硝子戸である。もう1つは大理石でつくった暖炉型で、暖炉をかたどった設えを応接室に据えている。
和風の主屋の西の隅に、この洋風の一棟が寄り添う。戦後の農家が客間をどう整えたかが、川口家住宅応接間の取り合わせから読み取れる。
川口家住宅応接間の見学
川口家住宅応接間は個人の所有で、一般公開の日は設けられていない。屋敷は社会福祉法人が借り上げて就業支援の場として使っており、硝子戸や暖炉型のある室内に入れるかどうかは、その使われ方による。
川口家住宅応接間は屋敷の南西、県道に近い側にあり、配置からみると外観は道路から目に入りやすい。色モルタルの壁と洋瓦の屋根が、主屋の瓦屋根と並ぶ様子を見ておきたい。敷地には立ち入らず、撮影は道路からにとどめる。屋敷への行き方は川口家住宅のページにまとめてある。
Q&A
- 川口家住宅応接間はいつ建てられましたか?
- 昭和43年(1968年)です。川口家住宅の5件のなかではいちばん新しい建物です。
- 川口家住宅応接間はなぜ登録有形文化財になったのですか?
- 戦後期における独立した洋風応接室の一例として、「造形の規範となっているもの」の基準で平成30年(2018年)に登録されました。
- 川口家住宅応接間にはどんな設えがありますか?
- 応接室に成の高い硝子戸と大理石製の暖炉型を備えます。外壁は色モルタル吹付けの大壁で、タイル敷きのテラスが付きます。
- 川口家住宅応接間は何に使われていましたか?
- 接客のほか、先代の当主のピアノ教室として使われ、付属の和室は書斎にあてられていました。
- 川口家住宅応接間は見学できますか?
- 一般公開の日はありません。屋敷の南西の県道に近い側にあるため、外観は道路から見ることになります。
基本情報
| 名称 | 川口家住宅応接間 |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県有田郡有田川町大字西丹生図字畑垣内456-2 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成30年(2018年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積29㎡ |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 一般公開なし(外観は道路から) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)川口家住宅応接間
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012608
- 文化遺産オンライン 川口家住宅応接間
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/432222
- わかやまの文化財(和歌山県教育庁文化遺産課)川口家住宅
- https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-976/
- 有田川町 国登録有形文化財一覧(PDF)
- https://www.town.aridagawa.lg.jp/material/files/group/21/kunitourokuitiran.pdf
最終更新日: 2026.10.05