川口家住宅離れとは

川口家住宅離れは、和歌山県有田郡有田川町西丹生図にある川口家の屋敷で敷地の北東の角に建つ木造2階建の離れで、大正前期(1912〜1918年)に建てられ、平成30年(2018年)に国の登録有形文化財に登録された。

川口家住宅離れは南を正面にして建ち、桁行3間半、梁間2間、建築面積は31㎡である。屋根は寄棟造の丸桟瓦葺で、南面には下屋を通している。

隠居屋として使われた2階建

和歌山県の解説によれば、川口家住宅離れは主屋を補う隠居屋のような使われ方をした建物で、客をもてなす離れ座敷ではなかった。家の年長者が暮らすための棟だったことになる。

戦時中には、親戚の洋画家、川口軌外がこの離れの2階に疎開していた。軌外は明治25年(1892年)に現在の有田川町で生まれ、19歳で上京して洋画を学び、27歳からおよそ10年をフランスで過ごした画家である。昭和41年(1966年)に没した。

登録有形文化財としての基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁のデータベースは、川口家住宅離れが街道に面する角地にあって屋敷構えを整えている点を挙げる。

外は洋風、内は和風

川口家住宅離れのいちばんの特徴は、外と内の仕上げの違いにある。南面を除く3面の外壁は下見板張で、白いペンキを塗っている。和歌山県の解説では、横板を重ねて張る南京下見板とされる。2階の北面には上げ下げ式の窓を設け、外から見ると洋館のような印象を受ける。

ところが内部は完全な和室である。2階の東側の座敷には床の間を設けている。軌外が疎開中に過ごしたのも、この和風の2階だった。

南の正面だけは下屋を通した和風の構えとし、残る3面を洋風に仕上げている。正面から見るか、側面や背面から見るかで、同じ建物の印象が大きく変わる。

川口家住宅離れの見学

川口家住宅離れは個人の所有で、一般公開の日は設けられていない。屋敷は社会福祉法人が借り上げて就業支援の場として使っており、2階の座敷を見られる機会は確認できなかった。

川口家住宅離れは街道に面する角地に建つので、配置からみると外観は道路から見やすい。白い下見板の壁と、北面2階の上げ下げ窓を探したい。屋敷の東の道沿いでは、離れから南へ土塀が延び、その先に納屋が続く。敷地には立ち入らず、撮影は道路からにとどめる。行き方は川口家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q川口家住宅離れはいつ建てられましたか?
A大正前期(1912〜1918年)の建築です。
Q川口家住宅離れはどのように使われていましたか?
A主屋を補う隠居屋のような使われ方をしました。客をもてなす離れ座敷ではなかったとされます。
Q川口家住宅離れと画家の川口軌外にはどんな関係がありますか?
A親戚の洋画家、川口軌外が戦時中に東京から疎開し、この離れの2階で過ごしました。
Q川口家住宅離れの外観と内部の特徴は?
A南面以外の外壁を白いペンキ塗りの下見板張とし、北面2階に上げ下げ窓を設けた洋風の外観です。内部は和室で、2階東側の座敷に床の間があります。
Q川口家住宅離れは見学できますか?
A一般公開の日はありません。街道に面する角地に建つため、外観は道路から見ることになります。

基本情報

名称川口家住宅離れ
所在地和歌山県有田郡有田川町大字西丹生図字畑垣内456-2
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)登録
員数1棟
寸法建築面積31㎡
所有者個人
公開状況一般公開なし(外観は道路から)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)川口家住宅離れ
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012609
文化遺産オンライン 川口家住宅離れ
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/446823
わかやまの文化財(和歌山県教育庁文化遺産課)川口家住宅
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-976/
有田川町 国登録有形文化財一覧(PDF)
https://www.town.aridagawa.lg.jp/material/files/group/21/kunitourokuitiran.pdf
アートコモンズ(国立新美術館)展覧会情報「川口軌外の作品を中心に」
https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/8654

最終更新日: 2026.10.05