旧大和街道に北面する江戸後期の町家

前田家住宅主屋は、和歌山県橋本市高野口町名倉にある江戸後期(1751年から1829年頃)の町家建築で、平成16年(2004年)7月23日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

建物が向くのは旧大和街道である。紀ノ川の谷筋を東西に走り、紀伊と大和を結んだ道だ。主屋はその街道に長辺を北面させて建つ。桁行6間、梁間4間。切妻造、桟瓦葺で、登録簿の建築面積は152平方メートルとある。

最初に目に入るのは壁だ。外壁は途切れることなく塗り上げられ、そのまま軒下まで塗り込められている。塗籠という仕上げで、もともとは木造の町並みを走る火から建物を守るための処置だった。構造材がほとんど表に出てこない。結果として正面は、骨組みではなく塊として見える。同時期の町家のなかでも珍しい見え方である。

1階の上には、つし2階が載る。関西の町家に見られる天井の低い中2階で、立って過ごせる高さはない。物置として、また土間の火の熱と煙を居室から隔てる緩衝として使われた。国の登録簿が構造を「木造平屋建」と記し、同じ登録に添えられた解説文が「つし2階建町家」と呼ぶのは、この中途半端な高さのためである。和歌山県の文化財一覧は、この上部に虫籠窓が1か所あることを記録している。

正側面の3面には半間の下屋庇が廻り、背面ではこれが1間に広がる。

内部は長手方向で二分される。西側は中土間。街道から奥へ抜ける土間で、商家としての実務はここで動いていた。東側は床を上げ、四間取りに区切る。土間の屋根の背面寄りには煙出しが立ち上がり、瓦の連なりを断ち切っている。

なぜ登録有形文化財なのか

日本の建造物保護には二つの系統がある。古いほうの指定制度は、少数を選び出して強く守る。もう一方の登録制度は平成8年(1996年)に始まり、改変前の届出を軸とした緩やかな規制をとる。近世以降の建物が、評価される前に次々と失われていく状況への対応として設けられた仕組みで、所有者の手元に置いたまま、使い続けながら残すことを前提にしている。

主屋が満たしたのは、登録基準の第一項「造形の規範となっているもの」である。登録番号は30-0058、第43回の登録にあたる。登録年月日は平成16年7月23日、告示は同年8月17日。

登録簿のなかに、読み飛ばしやすいが立ち止まる価値のある一行がある。種別の欄で、主屋だけが「産業3次」に分類され、同じ敷地の他の3棟は「住宅」になっている。前田家は薬種問屋を営み、両替商も手がけた家だった。この建物は住まいに店を足したものではなく、店に住まいが続いたものである。分類はその実態を写している。

同じ日に登録されたのは、主屋を含めて4棟。明治中期の中書院(30-0059)、大正5年(1916年)竣工の新書院(30-0060)、江戸末期の土蔵(30-0061)が並ぶ。和歌山県の解説は、主屋について江戸期の雰囲気をよく遺す貴重なものと評価している。

街道から何を見るか

訪ねるのに準備はいらない。JR和歌山線の高野口駅から徒歩約5分。橋本市の観光案内は所在地を高野口町名倉392としている。

見学できるのは外観だけである。橋本市の観光ページ(2024年10月更新)に外観のみ見学可能と明記され、和歌山県の観光サイトも同じ案内をしている。個人の所有で、公開時間の設定も拝観料もない。内部を見たい場合は、現地へ向かう前に橋本市の観光窓口へ相談したほうがよい。

街道の北側に立てば、見るべきものは1分でそろう。軒下まで届く白い塗り壁、低く伏せたつし2階、下屋庇の下に落ちる影の深さ。

そのうえで、正面を東へ目でたどってほしい。昭和30年(1955年)の道路拡幅で、前田家の敷地は東側を大きく削り取られた。工事の線上にあった新書院は、取り壊されずに持ち上げられ、中書院の南へ曳家で移されている。国の登録簿が建築年と並べて移動の年を記載しているのは珍しく、この建物が家にとってどれほどのものだったかを伝えている。

公道からの撮影に制限は示されていない。ただし現に人が暮らす建物である。窓や塀の内側へレンズを向けないのが最低限の礼儀だろう。

駅の周辺にも20分ほど使いたい。高野口駅の正面に建つのが旧葛城館で、明治後期の木造3階建て旅館、平成13年(2001年)の登録有形文化財である。高野口は、明治34年(1901年)に紀和鉄道の名倉駅が置かれ、2年後に高野口駅と改称して以来、高野山への参詣客を送り出す玄関口として旅館が軒を連ねた土地だった。前田家住宅主屋はそれより1世紀ほど古い。鉄道ではなく、街道の時代に属する建物である。

Q&A

Q前田家住宅主屋は見学できますか。拝観料や公開時間はありますか。
A見学できるのは外観のみです。橋本市の観光ページ(2024年10月更新)に外観のみ見学可能と記され、和歌山県の観光サイトも同じ案内をしています。個人所有のため公開時間の設定も拝観料もありません。公道からの外観撮影に制限は示されていませんが、住まいとして使われている建物なので、庭や窓へレンズを向けるのは避けてください。
Q前田家住宅主屋へは高野口駅からどう行きますか。
AJR和歌山線の高野口駅から徒歩約5分です。橋本市は所在地を橋本市高野口町名倉392と案内しており、国の登録簿では名倉392-1と記載されています。建物は旧大和街道に面しているため、駅からの道のりはそのまま旧街道をたどる形になります。
Q前田家住宅主屋の「つし2階」とは何ですか。なぜ登録簿では平屋建なのですか。
Aつし2階は、関西の町家に見られる天井の低い中2階です。人が立って生活できる高さがなく、物置として、また土間の火の熱を居室から隔てる層として使われました。完全な階とは言えないため、文化庁の登録簿は構造を「木造平屋建」と記載し、添付の解説文のほうは「つし2階建町家」と表現しています。和歌山県の一覧は、この階に虫籠窓が1か所あることを記録しています。
Q前田家住宅主屋はいつ登録され、登録有形文化財とはどのような制度ですか。
A登録年月日は平成16年(2004年)7月23日、告示は同年8月17日、登録番号は30-0058です。適用された基準は「造形の規範となっているもの」。登録制度は平成8年(1996年)に始まった仕組みで、国宝や重要文化財の指定に比べて規制は緩やかです。所有者は大きな改変の前に届け出て指導や助言を受けますが、建物は私有のまま、使い続けることができます。
Q前田家住宅主屋の周辺に、あわせて見るべき文化財はありますか。
A同じ敷地には、同日に登録された中書院・新書院・土蔵の3棟があります。高野口駅の正面には、明治後期の木造3階建て旅館である旧葛城館(平成13年登録)が建ち、駅舎自体も大正元年(1912年)の完成です。橋本市には20件を超える登録有形文化財があり、JR和歌山線沿いに短時間で回れるものも少なくありません。

基本情報

名称前田家住宅主屋(まえだけじゅうたくしゅおく)
所在地和歌山県橋本市高野口町名倉392-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号30-0058 登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成16年(2004年)7月23日登録(告示 同年8月17日)
員数1棟
寸法桁行6間、梁間4間 建築面積152平方メートル 木造平屋建(つし2階)、切妻造、桟瓦葺
所有者個人
公開状況外観のみ見学可能。公開時間・拝観料の設定なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 前田家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004287
わかやまの文化財 前田家住宅
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-415/
橋本市観光情報サイト「橋本体感」 前田邸
https://www.city.hashimoto.lg.jp/hashimototaikan/asobu/midokoro/1464569395149.html
橋本市教育委員会 国登録文化財
https://www.city.hashimoto.lg.jp/guide/kyoikuiinkai/syougaku/bunka/bunnkazai/kuni_tourokubunkazai/1359687176563.html

最終更新日: 2026.08.27