瀬戸家住宅穀蔵とは

瀬戸家住宅穀蔵(せとけじゅうたくこくぐら)は、和歌山県御坊市藤田町藤井の瀬戸家の屋敷に建つ土蔵造2階建の米蔵で、棟札から天保13年(1842年)の建築と分かり、平成30年(2018年)11月2日に登録有形文化財となった。建築面積は55平方メートルある。

瀬戸家住宅の7件のうち、江戸時代にさかのぼるのはこの穀蔵だけである。ほかの6件は大正後期から昭和前期の建物で、瀬戸家住宅穀蔵はそれより80年ほど古い。

敷地の北の辺の西寄りに建ち、東隣に文庫蔵、西隣に西蔵が並ぶ。もとは小作米を納めた蔵で、小作人が小作料として納めた米がここに運び込まれた。

大庄屋の蔵としての価値

瀬戸家は江戸時代後期に大庄屋を務めた家である。大庄屋は、藩のもとでいくつもの村をまとめ、年貢の取り立てや村々の取りまとめを担った役職を指す。文化庁の解説は、瀬戸家住宅穀蔵が敷地内で最も古い建物であり、大庄屋であったころの家の様子を伝えていると記している。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録番号は30-0242である。大正期に建て直された屋敷のなかで、この蔵だけが江戸時代の家の規模を実物で示している。

曳家された蔵

瀬戸家住宅穀蔵は、いまの場所で建てられたものではない。和歌山県と御坊市の解説によれば、大正後期(1919年から1926年)に主屋を建てる際、屋敷のなかで曳家された。曳家は、建物を解体せずにそのまま持ち上げ、ころや台車で移す工法である。文化庁のデータベースも、年代の欄に「大正後期移築」と記している。

重い土壁と瓦屋根をもつ蔵を解かずに動かしたことからは、新しい屋敷を計画するにあたって、先祖代々の米蔵を残す判断があったことがうかがえる。

前後2室に分けた内部

瀬戸家住宅穀蔵は棟を東西に通した切妻造の本瓦葺で、入口は東の面に開き、上に庇を掛ける。外壁は漆喰塗で腰を縦板張りとし、軒下に鉢巻をめぐらせる。

内部は1階・2階とも前後の2室に分かれる。屋根を支える小屋組には登梁を使う。建築面積55平方メートルの蔵を、上下あわせて4室に仕切っていることになる。

見学方法

瀬戸家住宅穀蔵は個人の所有で、内部は公開されていない。棟札を見る機会も案内されていない。

北側の街路に面して建つので、東西に長い外観は道から見える位置にある。西隣の西蔵とは規模がほぼ同じだが、棟の向きが違う。私有地には立ち入らず、公道から眺めるにとどめたい。

Q&A

Q瀬戸家住宅穀蔵はいつ建てられましたか。
A棟札から天保13年(1842年)の建築と分かります。瀬戸家住宅の7件のなかで最も古い建物です。
Q瀬戸家住宅穀蔵は何に使われた蔵ですか。
A小作米を納めた蔵です。瀬戸家は江戸時代後期に大庄屋を務めており、文化庁の解説はこの蔵が当時の家の様子を伝えるとしています。
Q瀬戸家住宅穀蔵は建てられた場所に残っていますか。
Aいいえ。大正後期(1919年から1926年)に主屋を建てる際、屋敷のなかで曳家され、いまの位置に移りました。
Q瀬戸家住宅穀蔵が登録有形文化財になったのはいつですか。
A平成30年(2018年)11月2日です。登録番号は30-0242で、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。
Q瀬戸家住宅穀蔵は見学できますか。
A内部は非公開です。北側の街路に面して建つので、外観は公道から見ることができます。

基本データ

名称瀬戸家住宅穀蔵(せとけじゅうたくこくぐら)
所在地和歌山県御坊市藤田町藤井2215
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 30-0242
指定年平成30年(2018年)11月2日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積55平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(外観は北側の街路から)

参考文献

国指定文化財等データベース 瀬戸家住宅穀蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012604
文化遺産オンライン 瀬戸家住宅穀蔵(文化庁)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/402678
瀬戸家住宅(主屋・座敷・旧女中部屋及び風呂・文庫蔵・穀蔵・西蔵・表門及び塀)(御坊市)
https://www.city.gobo.lg.jp/sosiki/kyoikuiin/kyoiku/tanto/bunnkazai/shinobunkazai/kenzoubutu/1559723929300.html
瀬戸家住宅(わかやまの文化財、和歌山県教育庁文化遺産課)
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-996/

最終更新日: 2026.09.27