大火のあとに建った機屋の住まい
旧遠万織物(創匠庵)主屋は、山形県米沢市門東町一丁目にある大正後期(1919〜1926年)建築の木造平屋建住宅で、令和2年(2020年)4月3日に国の登録有形文化財となった建物である。
米沢は織物の町だった。9代藩主上杉鷹山が藩財政の再建策として奨励したことに始まり、当初は青苧を原料とする麻織物、のちに養蚕の発展にともなって絹へと軸足を移していった。明治に入るとこの産業から、自宅の裏手に織機を並べて操業する小規模な自営業者、いわゆる機屋が数多く生まれる。遠万織物もその一軒で、米沢城下の東寄り、この敷地で明治期に創業したもと機屋である。
建物は敷地の東寄りに南面して建つ。道路側の妻を入母屋造とし、通りに向けては整った顔を見せながら、作業にかかわる建物は奥へ引っ込む配置をとる。屋根は桟瓦葺。茅や板葺きに代わって東北の町場に広がっていった、あの平たい瓦である。建築面積は約200平方メートル。
建築年代は、ただの数字ではない。大正6年(1917年)5月22日、代官町から出た火は西北の強風にあおられて市域の約3分の1を焼き、その2年後の大正8年5月19日にも舘山口を火元とする火災が千戸を超える家屋を焼失させた。米沢の中心市街に大火以前の建物はほとんど残っていない。この主屋は、町が焼けるのを目のあたりにした家が、そのあとに建てた家である。
登録有形文化財としての位置づけ
「登録」と「指定」は別の制度である。ここは押さえておきたい。国宝・重要文化財を生む指定制度に対し、登録有形文化財制度は平成8年(1996年)に始まった、より緩やかな枠組みである。指定が厳選と強い規制をともなうのに対し、登録は築50年程度を経て地域の景観に寄与する建物を幅広く受け止め、所有者が使い続けたり手を入れたりする自由を大きく残す。登録建物の多くが今も住まいや店舗として現役なのは、この設計思想の結果だ。
主屋の登録番号は06-0194、第95回登録。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。種別は産業2次・建築物とされ、寺社や農家住宅ではなく産業遺産として扱われていることが分かる。
同じ敷地の2棟も同日登録された。明治6年(1873年)の前蔵が06-0195、昭和前期の新蔵が06-0196。3棟をまとめて読むと、災害をくぐり抜けたあとに事業が伸びていく過程が建物の形で追える。主屋は平成19年(2007年)に改修を受けている。
見どころは屋根の高さと、その落差
居室部は6室からなり、平屋としては天井が高い。雪国では屋内の容積がそのまま暖房費に跳ね返るから、高さは贅沢である。造作も上質で、大正末にこれだけの普請ができた機屋がどれほど潤っていたか、内部の仕上げから見当がつく。
そして屋根が落ちる。居室部の西側、旧台所部は落棟として一段低く構えられ、内部では小屋組を現しとしている。ここに架かるのは日本の伝統的な小屋組ではなく、トラス組である。三角形を組み合わせて力を流す西洋の構法で、明治後半以降、日本の産業建築や学校建築に広がっていった。米沢はこの種の技術知識が集まりやすい土地だった。明治43年(1910年)に開校した米沢高等工業学校は染織科を看板学科としており、その本館は現在も重要文化財として残る。両者に直接の関係があると記した資料は見あたらないが、機屋の台所にトラスが架かるという事実は、当時この町の大工が手にしていた選択肢の幅を示している。
二つの時代の建築を並べて見ると、この屋敷は「セット」ではなく「順序」として読める。西隣の明治6年の蔵は厚い土壁をもち、腰には赤瓦の海鼠壁を巻く。その前に立つ主屋は、軽く、高く、開いている。火事が教えたことと、景気が教えたことは違った。
正式名称に括弧書きで入る「創匠庵」は、後の章に属する名前である。この屋敷では長らく同名の工房が営まれ、原方刺し子の制作と伝承にあたっていた。原方刺し子は、城下の郊外で半農半士の暮らしを送った下級武士の妻たちが、布を丈夫に、暖かくするために刺した幾何文様の技である。かつては来訪者がこの部屋で針を持つこともできた。工房は2024年11月20日をもって閉館している。
行き方と、いま可能な見学のかたち
計画の前に確認しておきたい。主屋は個人所有の住宅であり、内部の見学はできない。2024年11月に敷地内の刺し子工房が閉館して以降、公開されている部分はなく、山形県の文化財データベースが「公開の有無:有」としているのは閉館前の情報である。可能なのは公道から外観を眺めることで、日本の登録有形文化財の多くはもともとそういう付き合い方をされている建物だ。
場所はJR米沢駅から西へ約1.6キロ、城跡へ向かって歩いて20〜25分ほど。バスなら「上杉神社前」停留所が約220メートル、「門東町」停留所が約210メートルの距離にある。上杉神社と米沢城跡の松岬公園はすぐ西側から始まるので、単独で訪ねるというより城下町散策の途中に組み込むのが自然だろう。
撮影は公道からであれば問題ない。ただし敷地に立ち入らない、窓の内側にレンズを向けない、呼び鈴を押さない。人が住んでいる家である。米沢の織物そのものに関心があるなら、近隣に足を運ぶ価値のある場所が二つある。同じ街区の門東町1-1-16に建つ米澤民藝館(原始布・古代織参考館 出羽の織座)は、織機や復元された古代布を展示しており、開館は概ね10時から16時、入館料は500円程度。小規模館は開館日が変わることがあるので事前確認をおすすめする。旧米沢高等工業学校本館は昭和48年(1973年)6月2日指定の重要文化財で、平日11時から16時、事前申込制、入館無料、冬季は閉館する。大正8年の大火で焼失したのち大正14年(1925年)に再建された上杉記念館(旧上杉伯爵邸)も登録有形文化財で、西へ数分歩けば見学できる。
冬の米沢は事情が変わる。12月から3月にかけて路肩に雪が積み上がり、見通しはきかず、低い建物を路上から撮るのは別の作業になる。屋根の形をはっきり見たいなら、晩春か秋に訪ねるとよい。
Q&A
- 旧遠万織物(創匠庵)主屋の内部は見学できますか?
- できません。個人所有の住宅であり、かつて見学を受け入れていた刺し子工房「創匠庵」は2024年11月20日に閉館しました。外観を公道から眺めることは可能ですが、敷地内には立ち入らないでください。
- 旧遠万織物(創匠庵)主屋はいつ建てられ、いつ登録されたのですか?
- 大正後期、1919年から1926年ごろの建築で、平成19年(2007年)に改修されています。国の登録有形文化財となったのは令和2年(2020年)4月3日、登録番号06-0194です。
- 旧遠万織物(創匠庵)へは米沢駅からどう行きますか?
- JR米沢駅から西へ約1.6キロ、徒歩20〜25分です。バス利用なら「上杉神社前」または「門東町」で下車し、いずれも徒歩200メートル前後です。
- 旧遠万織物(創匠庵)主屋は登録有形文化財ですが、重要文化財とはどう違うのですか?
- 登録有形文化財制度は平成8年(1996年)に始まった緩やかな保護制度で、地域の景観に寄与する建物を幅広く対象とし、所有者が使い続けやすいよう規制を抑えています。重要文化財や国宝は、より古く厳格な指定制度で選ばれるものです。
- 旧遠万織物(創匠庵)主屋の周辺で、米沢織に関連して訪ねられる場所はありますか?
- 同じ街区の米澤民藝館(原始布・古代織参考館)で織機や古代布の復元を見ることができ、染織科を看板に明治43年(1910年)開校した米沢高等工業学校の本館は重要文化財で、平日に事前申込で公開されています。
基本情報
| 名称 | 旧遠万織物(創匠庵)主屋(きゅうえんまんおりもの(そうしょうあん)おもや) |
|---|---|
| 所在地 | 山形県米沢市門東町一丁目1028 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/種別:産業2次・建築物/登録番号06-0194/登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 指定年 | 令和2年(2020年)4月3日登録(第95回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積約200平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 内部非公開。個人の住宅として使用されており、敷地内の刺し子工房「創匠庵」は2024年11月20日に閉館。外観の公道からの見学のみ可。 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「旧遠万織物(創匠庵)主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013215
- 山形の宝 検索navi「旧遠万織物(創匠庵)主屋」
- https://www.pref.yamagata.jp/cgi-bin/yamagata-takara/?m=detail&id=1936
- やまがたへの旅「【閉館】さしこ工房創匠庵」
- https://yamagatakanko.com/attractions/detail_10694.html
- 米沢市「米沢織物」
- https://www.city.yonezawa.yamagata.jp/soshiki/5/1019/2/657.html
- 米沢市立図書館「大正の米沢大火と復興」
- https://www.library.yonezawa.yamagata.jp/wordp/wp-content/uploads/2024/04/000572c170962b061c631bb4ab3e241d.pdf
- 山形大学工学部「旧米沢高等工業学校本館ご案内」
- https://www.yz.yamagata-u.ac.jp/school/old-yonezawa/guide/
最終更新日: 2026.07.30