本宅から移された明治の内蔵

風間家旧別邸無量光苑土蔵は、山形県鶴岡市泉町の風間家旧別邸無量光苑の南東隅に建つ明治30年(1897年)頃の2階建ての土蔵で、昭和30年(1955年)に現在地へ移築され、平成15年(2003年)7月1日に国の登録有形文化財に登録された。瓦葺で、建築面積は33平方メートルである。

この土蔵は、もともと南側の道路を隔てた本邸、つまり丙申堂の敷地にあった内蔵である。内蔵は母屋の奥に置かれ、家財や大切な品を納める蔵を指す。昭和30年に別邸の敷地へ移された。無量光苑の6件のうち、もとの場所まで記録に残る移築建物はこの土蔵である。

規模は桁行4間、梁間2間半で、蔵としては比較的小さい。構造は土蔵造で、壁の外に屋根を別に架ける置屋根の形式をとる。

登録の理由と価値

風間家旧別邸無量光苑土蔵は、登録基準のうち「造形の規範となっているもの」として登録された。登録番号は06-0053である。

文化庁の解説は、小規模ながら良材を用い、1階・2階とも柱を密に立てた堅牢なつくりであると評価している。置屋根は、土で塗り込めた蔵の本体の上に、少し浮かせるように木造の屋根を載せる形式で、雨や火から土壁を守る工夫として各地の土蔵で用いられてきた。

もう一つの特徴は内部の仕上げである。内部の木部は漆塗りとされ、金具類にも意匠が凝らされている。家財を納める実用の蔵でありながら、豪商の本宅にふさわしい手間がかけられていたことがうかがえる。

外観で確かめたいところ

土蔵の前に立ったら、まず屋根と壁の取り合いを見てほしい。置屋根の形式では、屋根が壁の上に直接載るのではなく、別の構造として架けられている。軒下をのぞくと、壁と屋根の間の納まりが分かる。

次に全体の比例を見る。桁行4間に対して梁間2間半と、平面は細長くない。2階建てで背が高いため、小規模な蔵ながら敷地の南東隅でしっかりとした存在感を示している。

釈迦堂や門が数寄屋風の軽さを持つのに対し、土蔵は重く閉じた構えである。同じ敷地のなかで、もてなしの建物と、財を守る建物の対比がはっきり表れている。

見学方法

風間家旧別邸無量光苑土蔵は敷地の南東隅にあり、外観は公開期間中に無量光苑へ入館して見学する。

漆塗りの木部や金具が評価されている内部については、公開されているかどうかが公式の案内に示されていない。内部を見たい場合は、訪問前に無量光苑へ問い合わせておきたい。

Q&A

Q風間家旧別邸無量光苑土蔵はもともとどこにあったのですか?
A南側の道路を隔てた本邸、丙申堂の敷地にあった内蔵で、昭和30年(1955年)に現在地へ移築された。
Q風間家旧別邸無量光苑土蔵はいつ建てられ、いつ登録されましたか?
A明治30年(1897年)頃の建築で、平成15年(2003年)7月1日に国の登録有形文化財に登録された。登録番号は06-0053。
Q風間家旧別邸無量光苑土蔵の規模と構造は?
A2階建ての土蔵造で置屋根形式、瓦葺。桁行4間、梁間2間半、建築面積は33平方メートル。
Q風間家旧別邸無量光苑土蔵の中は見学できますか?
A内部の公開の有無は公式の案内に示されていない。内部を見たい場合は訪問前に問い合わせたい。外観は公開期間中に入館すれば見られる。
Q風間家旧別邸無量光苑土蔵が評価された点は何ですか?
A良材を用い、1階・2階とも柱を密に立てた堅牢なつくりであること、内部木部の漆塗りや金具の意匠である。

基本情報

名称風間家旧別邸無量光苑土蔵
所在地山形県鶴岡市泉町6-20
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成15年(2003年)7月1日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積33平方メートル
所有者公益財団法人克念社
公開状況敷地内にあり、外観は4月15日〜11月30日の公開期間中に見学可(有料)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 風間家旧別邸無量光苑土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003347
文化遺産オンライン — 風間家旧別邸無量光苑土蔵
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/116427
鶴岡市教育委員会 — 指定文化財目録(登録有形文化財)
https://www.city.tsuruoka.lg.jp/bunka/rekishi/shitei-bunka-ichiran.files/15_registeredtangibleculturalproperties.pdf
丙申堂(公益財団法人克念社)— ご案内
https://heishindo.jp/guide/

最終更新日: 2026.09.25