はじめに

山口市の歴史ある湯田温泉街の東方、三方を山に囲まれた静かな環境に佇む山水園本館は、大正期から昭和中期にかけて増改築を重ねた温泉旅館の主要建築物です。2014年(平成26年)に国の登録有形文化財(建造物)に登録され、大正期の別荘建築を基礎として各時代の趣向が見事に調和する複合建築として高く評価されています。三種の日本庭園、四つの茶室、そして3本の自家源泉から湧き出る天然温泉を有するこの旅館は、生きた文化財に宿泊できる貴重な体験を提供しています。

歴史的背景

山水園の歴史は大正期(1912~1918年)に遡ります。当初は個人の別荘として、湯田温泉の東方に位置する障子岳の南麓に建設が始まりました。豊かな自然環境を活かし、周囲の山々と一体となった空間づくりが意図されていました。

しかし完成前に所有者が変わり、最終的に1936年(昭和11年)、実業家の中野仁義がこの地を取得し、温泉旅館「山水園」として創業しました。中野のもとで旅館は数次にわたる増改築を経て発展していきます。1950年(昭和25年)には茶室棟や宴会場棟が増築され、この際に京都の著名な数寄屋師・笛吹嘉一郎が設計・施工を担当しました。さらに1963年(昭和38年)にも改修が加えられ、現在の姿へと整えられました。

1956年(昭和31年)と1963年(昭和38年)には、昭和天皇皇后両陛下がご宿泊される栄に浴しました。両陛下がお泊りになった「桐の間」「千鳥の間」の二室は「行在閣(あんざいかく)」と命名され、現在も旅館の中でもっとも格式の高い空間として大切に守られています。

登録有形文化財としての価値

2014年(平成26年)4月25日、山水園本館は国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録の理由として、大正期の別荘建築を核に、数次の増改築によって複合的な構成をもつ建物であること、大正期の行在閣棟が庭園と一体的な構成を持つ上質な近代和風建築であること、そして戦後の増築部も材工ともに優れた数寄屋意匠で仕上げられ、各時代の異なる趣向が良好に調和していることが挙げられています。

建築材料や構造に時代的・地域的な特色が認められるとともに、京都の数寄屋師・笛吹嘉一郎という一流の職人から、昭和天皇皇后両陛下という宿泊者まで、地域と日本を代表する人々が関わった質の高い建築物であることが高く評価されました。専門家からは「まるで木造建築の博物館」との評価も寄せられています。

なお、庭園は2015年(平成27年)に国の登録記念物(名勝地)に別途登録され、建物と庭園が不可分の関係にあることが改めて認められました。

建築・意匠の見どころ

山水園本館は木造2階建て(一部3階建て)、瓦葺きの建物で、建築面積は約1,340平方メートルに及びます。複数の棟が連なる複合建築で、各棟がそれぞれの時代の建築美を伝えています。

行在閣

建物の中でもっとも古い大正期の部分で、近代和風住宅建築の精華といえる空間です。「桐の間」「千鳥の間」の二室は池泉庭園に面して広い縁側を持ち、室内と屋外の境界を溶け合わせるような開放的な造りになっています。借景の手法で背後の山並みを庭園に取り込み、奥行きのある雄大な景観を創り出しています。

笛吹嘉一郎による数寄屋建築

戦後に京都の数寄屋師・笛吹嘉一郎が設計・施工した増築部分は、天然素材を遊び心と洗練された美意識で活かした空間です。天井の意匠、床の間の造り、選び抜かれた銘木など、随所に数寄の技と創意が散りばめられています。14室の客室はそれぞれ異なる趣を持ち、宿泊するたびに新たな発見がある空間となっています。

茶室と門

四つの茶室と水屋から成る茶室棟は、すべて笛吹嘉一郎の設計施工によるものです。なかでも「山月亭」は表千家の代表的茶室「残月亭」の写しとして造られました。また、山水園の入口に立つ茅葺きの門は、奈良・慈光院の茨木門を模したもので、二階に茶室を備えるという趣向を凝らした造りです。こちらも笛吹の設計施工です。

ロビー

昭和20年代と昭和38年に造られた空間が融合したロビーは、大正・昭和のロマンが漂うアンティークな雰囲気を醸し出しています。ガラスの引き戸など当時のままの建具が残されており、訪れる人を優雅な時間へと誘います。

三種の庭園

山水園の敷地内には、日本庭園の三つの様式がすべて揃い、本館をL字型に囲むように配置されています。それぞれが連続しながらも独立した構成を持つ点が、専門家から高く評価されています。

敷地の東半分を占める池泉庭園は大正期の作庭による回遊式で、園池の周囲から山裾の小高い部分へと園路が延び、四季折々の草花や紅葉を楽しみながら散策することができます。

枯山水庭園は1950年(昭和25年)頃、京都の庭師・後藤重栄によって作庭されました。広く深く掘り下げられた地形に白砂を敷き詰め、小ぶりの景石を配した独特の構成は、一般的な枯山水とは一線を画す印象的な造りです。

茶庭(露地)も後藤重栄の手によるもので、茶室への導入路として石畳の小道や門、植栽が配されています。一部の庭石は京都から運ばれたもので、梅軒門からつきあげ門の間には京都の銘石「加茂の七石」のひとつ、真黒石の延段が見られます。

温泉

山水園は温度の異なる3本の自家源泉に恵まれ、これらを混合することで加水も加温もせずに適温を実現しています。泉質はアルカリ性単純硫黄泉で、無色透明の柔らかな湯は、神経痛・リウマチ・切り傷・皮膚のトラブルなどに効能があるとされています。源泉100%かけ流しの上質な温泉は、宿泊客はもちろん、日帰り入浴施設「翠山の湯」でも楽しむことができます。

ご利用案内

山水園は約4,000坪(約13,200平方メートル)の広大な敷地にわずか14室の客室を配し、ゆったりとした時間と空間を提供しています。地元産を中心とした新鮮な食材による月替わりの会席料理は、お客様のお食事の進み具合を見ながら調理・提供される、小規模旅館ならではのおもてなしです。

宿泊以外のお客様も、庭園散策(有料、日時限定、要電話予約)、日帰り入浴施設「翠山の湯」、庭園レストラン「臨水」(昼食のみ営業)をご利用いただけます。

なお、館内の暖房には温泉熱を利用しており、二酸化炭素の排出を抑制するサステナブルな取り組みを行っています。自然との共生を大切にする姿勢は、山水園の経営理念の柱のひとつです。

周辺の観光スポット

山水園が位置する山口市は、室町時代に大内氏が京都にならって街づくりを行ったことから「西の京」と呼ばれ、歴史的・文化的な見どころが数多く残されています。

  • 瑠璃光寺五重塔(国宝) — 車で約10分。日本三名塔のひとつに数えられる室町時代の五重塔で、香山公園内に立つ優美な姿は多くの人を魅了しています。2024年にはニューヨーク・タイムズ紙「行くべき52カ所」に山口市が選出され、五重塔が紹介されました。
  • 常栄寺雪舟庭(国指定史跡・名勝) — 車で約10分。大内政弘が画聖・雪舟に造営を依頼したと伝えられる枯山水の回遊式庭園で、特に雪景色の美しさで知られています。
  • 中原中也記念館 — 湯田温泉地区内。湯田温泉出身の近代詩人・中原中也の作品と生涯を紹介する記念館です。
  • 山口サビエル記念聖堂 — 車で約10分。1549年にフランシスコ・ザビエルが山口を訪れた歴史を記念して建立された聖堂で、2本の白い尖塔が山口のランドマークとなっています。
  • 湯田温泉の足湯めぐり — 温泉街には無料の足湯が点在しており、観光施設「狐の足あと」では足湯とともに山口の地酒やスイーツも楽しめます。

Q&A

Q山水園本館はなぜ文化財に登録されたのですか?
A大正期の別荘建築を核に、数次の増改築を経て形成された複合建物であり、大正期の行在閣棟が庭園と一体的な構成の上質な近代和風建築であること、戦後の増築部も京都の数寄屋師・笛吹嘉一郎による優れた意匠であること、各時代の異なる趣向が良好に調和していることなどが評価され、2014年に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。
Q宿泊しなくても建物や庭園を見学できますか?
Aはい。庭園散策は日時限定で有料にてご利用いただけます(事前に電話でのご予約をお勧めします)。また、日帰り入浴施設「翠山の湯」や庭園レストラン「臨水」(昼食のみ)は宿泊なしでもお楽しみいただけます。
Q山水園の温泉にはどのような特徴がありますか?
A温度の異なる3本の自家源泉を持ち、これらを混合して加水も加温もせずに適温を実現しています。泉質はアルカリ性単純硫黄泉で、無色透明の柔らかな湯が特徴です。源泉100%かけ流しの贅沢な天然温泉をお楽しみいただけます。
Q山水園の庭園にはどのような種類がありますか?
A日本庭園の三つの様式がすべて揃っています。大正期に造られた回遊式の池泉庭園、昭和25年頃に京都の庭師・後藤重栄が手がけた枯山水庭園、そして同じく後藤重栄による茶庭(露地)です。それぞれが連続しながらも独立した構成を持つ点が高く評価されています。
Q山水園へのアクセス方法を教えてください。
AJR湯田温泉駅からタクシーで約5分、徒歩で約20分です。JR新山口駅からは車で約15分、中国自動車道小郡ICから約15分、山陽自動車道防府ICから約30分です。山口宇部空港からは車で約40分です。

基本情報

名称 山水園本館(さんすいえんほんかん)
指定区分 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 2014年(平成26年)4月25日
建築年代 大正期(1912~1918年)/1926~1945年・1950年・1963年改修
構造 木造2階建て一部3階建て、瓦葺、建築面積約1,340㎡
設計(戦後増築部) 笛吹嘉一郎(京都の数寄屋師)
作庭 後藤重栄(京都の庭師)
所在地 〒753-0078 山口県山口市緑町4番60号
所有者 株式会社山水園
電話番号 083-922-0560
アクセス JR湯田温泉駅よりタクシーで約5分/JR新山口駅より車で約15分
公式サイト https://www.yuda-sansuien.com/

参考文献

山水園本館 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/286219
国指定文化財等データベース - 山水園本館
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010062
山水園本館 - 山口市ウェブサイト(歴史文化資源)
https://www.city.yamaguchi.lg.jp/rekibunshigen/rekibunshigen/r1271.html
山水園庭園 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/215044
名勝 山水園 公式ウェブサイト
https://www.yuda-sansuien.com/
山水園庭園 - おにわさん(庭園情報メディア)
https://oniwa.garden/sansuien-garden-%E5%B1%B1%E6%B0%B4%E5%9C%92%E5%BA%AD%E5%9C%92/

最終更新日: 2026.04.13