旧山繁商店土蔵

土蔵は、旧山繁商店の九棟のなかで最も小さく、建築面積はおよそ十七平方メートル。そして最も古い部類に属し、明治三十六年(一九〇三)に建てられた。敷地の北西隅に南面して建ち、もとは南に主人の主屋が接続していた。瓦葺の切妻屋根をのせた土蔵造の二階建で、面積あたりの意匠の密度は敷地内のどの建物よりも高い。

旧山繁商店は、瀬戸川北岸の丘陵、瀬戸の北新谷地区にあった陶磁器卸問屋で、加藤家が明治十年代から育ててきた。この土蔵の南にあった主屋は失われたが、土蔵を含む九棟が残り、平成二十七年にまとめて国の登録有形文化財となった。現在は瀬戸市が所有する。

登録の理由と価値

小さな建物のわりに、その造作は際立っている。腰は海鼠壁(なまこかべ)で仕上げられ、方形の瓦を斜めに張り、目地に白漆喰を盛り上げた文様をなす。軒下には漆喰の鉢巻をめぐらす。内部では、弓状の梁に小束を立て、その上で丑梁(うしばり)と母屋を受ける。漆喰の殻のなかに、入念な木組みが隠されている。

外まわりでは二つの意匠が目を引く。南面二階の窓には袖壁付の小庇をかけ、棟には影盛(かげもり)を施した大振りな鬼瓦をのせる。この地域の土蔵では珍しい趣向である。登録有形文化財は、国宝や重要文化財の「指定」より緩やかに、歴史的景観への寄与を理由に登録される。土蔵は平成二十七年十一月十七日に登録された(登録番号二三―〇四三七)。

見どころ

まずは腰の海鼠壁から見たい。瓦を斜めに組んだ格子と、そのあいだに盛り上げた漆喰の稜は、雨を流し湿りを防ぐ実用のためでありながら、壁面に静かな文様を描く。視線を軒の鉢巻へ、さらに袖壁付の庇をもつ南窓へと運んでいく。

白眉は棟である。影盛を盛った大振りな鬼瓦は、この控えめな土蔵に、大きさに見合わぬ風格を与える。加藤家が敷地の隅の建物にまで手をかけたしるしといえる。南に建っていた主屋がいまは失われているため、土蔵は敷地最古の層を示す独立した目印として立っている。

Q&A

Q土蔵はいつ建てられましたか。
A明治三十六年(一九〇三)です。現存する旧山繁商店の建物のなかで最も古い部類に入ります。
Q海鼠壁とは何ですか。
A方形の瓦を斜めに張り、目地に白漆喰を盛り上げた壁の仕上げです。海鼠に似た形からこの名があり、雨を流し湿りを防ぎます。
Q棟の何が特別なのですか。
A影盛を施した大振りな鬼瓦をのせており、この地域の土蔵では珍しい意匠です。
Qなぜ南側が空地になっているのですか。
Aかつてそこに主人の主屋が建ち、土蔵と接続していました。その主屋は失われています。
Q内部を見学できますか。
A敷地は瀬戸市が所有し、公開・活用に向けた整備が進む段階です。内部の見学は限られるため、訪問前に市へ確認してください。

基本情報

名称旧山繁商店土蔵(きゅうやましげしょうてんどぞう)
所在地愛知県瀬戸市仲切町23他
区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 23-0437
登録年月日平成27年(2015)11月17日
員数1棟
構造・形式土蔵造2階建、瓦葺、切妻造。腰は海鼠壁
建築面積約17平方メートル
建造年明治36年(1903)
所有者瀬戸市
公開状況外観は周辺の通りから見学可。内部の公開は限定的(瀬戸市に要確認)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)旧山繁商店土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010794
旧山繁商店|瀬戸市
https://www.city.seto.aichi.jp/docs/2017092600030/
旧山繁商店|Setopedia(瀬戸観光ガイド)
https://setopedia.seto-guide.jp/

最終更新日: 2026.06.25