旧山繁商店塀

塀は、旧山繁商店の敷地の前面を延長およそ二十八メートルにわたって走り、石垣の上に立って瓦葺の屋根をのせる。明治中期、おおむね明治十六年から三十年(一八八三〜一八九七)ごろに建てられ、敷地のなかでも早い時期の構造物にあたる。後方の離れとともに築かれ、塀と離れは対をなして、瀬戸川北岸の通りに整った構えを与えている。

旧山繁商店は、瀬戸の北新谷地区にあった陶磁器卸問屋で、加藤家が明治十年代から育ててきた。塀は、加藤家が暮らし商いを営んだ敷地を囲っていた。主人の主屋は失われたが、この塀を含む九棟が残り、平成二十七年にまとめて国の登録有形文化財となった。現在は瀬戸市が所有する。

登録の理由と価値

この塀は、とりわけ通りに面する部分に入念な造作が見られる。基礎は花崗岩の空積みである。南面では石を四段の亀甲積(きっこうづみ)に組み、六角形の面をすき間なく合わせ、上端を延石でおさめる。ほかの部分では谷積(たにづみ)を用いる。見られることを意識した石積みである。

石の上の壁は二段に構える。下段は外側をなぐり仕上の竪板壁とし、内側をスギの網代で張る。上段は後方の離れにあわせて黒漆喰で仕上げる。登録有形文化財は、国宝や重要文化財の「指定」より緩やかに、歴史的景観への寄与を理由に登録される。塀は平成二十七年十一月十七日に登録された(登録番号二三―〇四四二)。

見どころ

まずは南面、花崗岩を亀甲積に組んだ基礎から見たい。すき間なく合わせた六角形の石を四段に積み、その上に長い延石をのせた基礎は、土台であると同時に見せ場でもある。塀は、最も良い石積みを通りに向ける面のために取っておいている。

続いて壁を上へとたどりたい。下段のなぐり仕上の板は、削り出された面に光をとらえ、上段の黒漆喰は、後方にそびえる離れの南面と同じ暗い仕上げを帯びる。あわせて見れば、塀と離れは一つの暗く意図された構えをなす。塀は敷地の背景ではなく、通りに面する要素のひとつとして敷地の表情を定めている。

Q&A

Q塀の長さはどれくらいですか。
A延長およそ二十八メートルです。石垣の上に立ち、瓦葺の屋根をのせて敷地の前面を走ります。
Q亀甲積とは何ですか。
A六角形の石をすき間なく組む石積みの手法です。ここでは南面で四段に用いられています。
Q石の上の壁は何でできていますか。
A下段は外側がなぐり仕上の竪板壁、内側がスギの網代、上段が黒漆喰です。
Qなぜ離れとともに登録されたのですか。
A塀と離れはほぼ同じ時期に建てられ、黒漆喰の仕上げを共有します。あわせて川の北岸の町並みを形づくります。
Q見ることはできますか。
Aはい。塀は通りに面しており、街路から見ることができます。敷地は瀬戸市が所有しているため、見学については市へ確認してください。

基本情報

名称旧山繁商店塀(きゅうやましげしょうてんへい)
所在地愛知県瀬戸市仲切町23他
区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 23-0442
登録年月日平成27年(2015)11月17日
員数1基
構造・形式木造、瓦葺、石垣付。延長約28メートル
建造年明治中期(約1883〜1897)
所有者瀬戸市
公開状況周辺の通りから見学可。敷地は瀬戸市が所有(見学は市に要確認)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)旧山繁商店塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010799
旧山繁商店|瀬戸市
https://www.city.seto.aichi.jp/docs/2017092600030/
旧山繁商店|Setopedia(瀬戸観光ガイド)
https://setopedia.seto-guide.jp/

最終更新日: 2026.06.25