旧山繁商店新小屋

「小屋」という名は控えめだが、新小屋は旧山繁商店のなかでも示唆に富む一棟である。陶磁器の商いを支えた日々の労働のかたちが、ここに残っているからだ。大正三年(一九一四)に建てられ、旧事務所の東に並んで建つ。桁行およそ十八メートルの細長い平面をもち、外壁を漆喰で塗籠めた土蔵造の二階建で、屋根は瓦葺の切妻、建築面積は約一二五平方メートルである。

旧山繁商店は、瀬戸川北岸の丘陵、瀬戸の北新谷地区にあった陶磁器卸問屋である。加藤家が明治十年代から商いを育て、事業の伸びにあわせて建物を建て継いだ。主人の主屋は失われたが、新小屋を含む九棟が残り、平成二十七年にまとめて国の登録有形文化財となった。現在は瀬戸市が所有する。

登録の理由と価値

一階は土間の作業空間で、その造りは瀬戸で「モロ」と呼ばれる作陶場の建物の型を踏まえている。陶工が轆轤を回し器をかたちづくったのと同じ種類の空間が、ここでは卸問屋の仕事、とりわけ出荷前の陶磁器の箱詰めに充てられた。新小屋は、商いの建物のなかに、作陶の場の習いから生まれた作業空間を残している。

厚い漆喰の被覆は装飾ではなく防御である。土蔵造は木の骨組みを土と漆喰で包み、火に強く、内部の温度を安定させる。これは収蔵する品にとって意味があった。登録有形文化財は、国宝や重要文化財の「指定」より緩やかに、歴史的景観への寄与を理由に登録される。新小屋は平成二十七年十一月十七日に登録された(登録番号二三―〇四三八)。

見どころ

小路から見ると、新小屋は細長い漆喰の箱で、なめらかな白い壁が瓦の軒線と対をなす。注目したいのはその比例である。幅よりはるかに長いこのかたちは、品を一所に集めるためではなく、順を追って通していくために生まれている。

一階を満たした仕事を思い描いてみたい。品が届き、検められ、包まれ、箱に詰められて送り出されていく。ここで握っておきたい糸口は「モロ」という語だ。この語が、卸問屋の建物を、品を供給した陶工たちの作業場へとつなぎ直す。新小屋とその隣の旧事務所のあいだに立つとき、つくることと売ることが出会う地点を見ていることになる。

Q&A

Q新小屋はいつ建てられましたか。
A大正三年(一九一四)です。隣の旧事務所と同じ事業拡大期に建てられました。
Q「モロ」とは何ですか。
A瀬戸で作陶場をさす言葉です。新小屋の一階はその作業空間の型を踏まえ、ここでは卸問屋の仕事に用いられました。
Q何に使われていましたか。
A主に、出荷前の陶磁器の箱詰めなどの作業に使われていました。
Q土蔵造とはどのような構造ですか。
A木の骨組みを厚い土と漆喰で包む構法で、火に強く内部の状態も安定するため、倉庫によく用いられます。
Q見学できますか。
A敷地は瀬戸市が所有し、公開・活用に向けた整備が進む段階です。内部の見学は限られるため、訪問前に市へ確認してください。

基本情報

名称旧山繁商店新小屋(きゅうやましげしょうてんしんごや)
所在地愛知県瀬戸市仲切町23他
区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 23-0438
登録年月日平成27年(2015)11月17日
員数1棟
構造・形式土蔵造2階建、瓦葺、切妻造。桁行約18mの細長い平面
建築面積約125平方メートル
建造年大正3年(1914)
所有者瀬戸市
公開状況外観は周辺の通りから見学可。内部の公開は限定的(瀬戸市に要確認)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)旧山繁商店新小屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010795
文化遺産オンライン(文化庁)旧山繁商店新小屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/285370
旧山繁商店|瀬戸市
https://www.city.seto.aichi.jp/docs/2017092600030/

最終更新日: 2026.06.25