ライト館から切り取られた玄関部

明治村帝国ホテル中央玄関は、愛知県犬山市の博物館明治村にある大正12年(1923年)竣工の建築で、平成16年(2004年)に登録有形文化財に登録された。設計はアメリカの建築家フランク・ロイド・ライト(1867年から1959年)。東京都千代田区内幸町に建っていた帝国ホテル、通称ライト館のうち、車寄せからホワイエ、左右のラウンジ、ロビーまでを含む中央玄関部だけを移して建て直したものである。

もとの建物の規模は、この玄関部から逆算しないとつかみにくい。日比谷公園に面した敷地は間口約100メートル、奥行約150メートル。総面積は34,000平方メートル余に及び、中心軸に玄関と2層吹き抜けの大食堂、劇場が連なり、左右に全長150メートル・3階建の客室棟が延びていた。明治村へ移されたのは、そのうちの建築面積911平方メートルの部分だけである。

現在の構造は鉄骨鉄筋コンクリート造3階建、一部銅板葺。建物前面にあった池も再現されている。明治村帝国ホテル中央玄関は、失われた大建築の入口だけが、別の土地で独立した建物として立ち続けている珍しい例といえる。

解体から再建まで、そして「様式保存」

ライト館は戦災の被害が比較的少なく、補修を重ねながら営業を続けた。博物館明治村は、大正12年(1923年)9月1日の新築披露が関東大震災の当日にあたったこと、関東一円が大きな被害を受けたなかでホテルの震害は軽微だったことを記している。ライト自身は建設途上の大正11年(1922年)に支配人の林愛作とともに設計監理から離れており、工事は弟子の遠藤新が引き継いだ。起工は大正8年(1919年)である。

戦後、高度経済成長期に高層化の計画が持ち上がり、取り壊しが決まる。保存を求める声は国内にとどまらず海外にも広がったが、結局残されたのは中央玄関部だけだった。昭和43年(1968年)にこの部分が明治村へ寄贈される。

再建にあたって採られたのが「様式保存」という考え方である。ライトの設計理念、寸法体系、そこから生まれる空間の質を保存することを目的とし、当初材の再利用が難しい箇所には新しい材料を使う。主構造は鉄骨鉄筋コンクリート造と鉄骨造の混構造に改められ、大谷石の一部はプレキャストコンクリートと擬石に、テラコッタは樹脂製に置き換えられた。文化庁の解説も、移築時に主構造をSRC造と鉄骨造に改めたと明記している。

移築の年については資料に幅がある。文化庁の国指定文化財等データベースと文化遺産オンラインは「1985移築」と記録し、明治村は移築年を昭和51年(1976年)、展示公開の開始を昭和60年(1985年)としている。工事の着手と完了のどちらを指すかによる違いとみられるが、本記事では両方を併記しておく。

登録有形文化財としての位置づけ

登録年月日は平成16年2月17日、告示は同年3月4日で、登録番号は23-0121。登録基準は「造形の規範となっているもの」が適用されている。国宝や重要文化財の指定ではなく、届出を基本とする登録の制度による保護である。

文化庁の解説は、評価の理由を四点に絞っている。水平性の強調。床高の微妙な変化。彫刻を施した大谷石、スクラッチ煉瓦、透かしテラコッタによる幾何学装飾。これらがライトの設計手法をよく表しているという判断である。移築で構造材が入れ替わっているにもかかわらず、明治村帝国ホテル中央玄関が文化財として登録されたのは、評価の軸が材料の古さではなく空間と造形の側にあるためといえる。

吹き抜けと大谷石を読む

入ってすぐ、視線は上へ引かれる。メインロビーの中央は3階までの吹き抜けで、建物内のすべての空間がこの縦の穴を囲むように置かれている。床の高さも天井の高さも部屋ごとに違い、大階段と左右の廻り階段を上がるたびに見えるものが入れ替わる。ライトが水平線を強調したと言われる建築で、実際に体験されるのは垂直方向の移動である。

素材を近くで見たい。壁の主役は彫刻された大谷石と、表面を垂直方向に引っ掻いた「スダレ煉瓦」で、そこに数種類の素焼テラコッタが組み合わされる。スダレ煉瓦は移築の際にスクラッチタイルで復原された。大谷石はやわらかく、細かい幾何学模様を彫りやすい石で、同じ模様が柱にも壁にも繰り返し現れる。

個々の見どころとして、明治村は左右のラウンジ前にある大谷石の壁泉、吹き抜けの「光の籠柱」と大谷石の柱、食堂前にある「孔雀の羽」と呼ばれる大きなブラケットを挙げている。建具は木製で、桟の配置と金箔を挟んだステンドグラスに設計者の手が入る。

家具も見落とせない。ライトは建築だけでなく家具や食器も自ら手がけた。六角形の背をもつ「ピーコックチェア」は、座る人がもっとも美しく見えるようにデザインされたと説明されている。館内ではライト初期の作であるエヴァンズ邸とフランシス・リトル邸のステンドグラスも展示されており、装飾を窓の端に寄せて外の景色を邪魔しない考え方が、帝国ホテルの設計にもつながっていることが確かめられる。

見学方法とアクセス

明治村帝国ホテル中央玄関は博物館明治村の5丁目67番地に建ち、内部も公開されている。見学には入村料が必要で、大人2,500円、高校生1,500円、中学生と小学生700円、未就学児は無料。開村時間は季節で変わり、3月から7月と9月・10月は午前9時30分から午後5時、8月は午前10時から午後5時、11月は午前9時30分から午後4時(土曜・休日は午後5時)、12月から2月は午前10時から午後4時となる。入村は閉村時間の30分前までである。

写真撮影は可能だが、建物内での三脚使用は禁止されている。建物内には喫茶室があり、席に着いてロビーの吹き抜けを眺めることもできる。時期によってボランティアによる建物ガイドが行われるが、休止する期間もあるため、当日の実施状況は現地の掲示で確かめたい。

アクセスは、名鉄犬山駅東口から明治村行きの路線バスで約20分。名鉄バスセンターと栄からの直通バスもある。車の場合は中央自動車道小牧東インターチェンジから約3キロメートルで、駐車場は普通車1,000円。5丁目は村の奥にあたるため、北口から入るか村営バスを使うと歩く距離を抑えられる。

Q&A

Q明治村帝国ホテル中央玄関は見学できますか。料金と時間は。
A博物館明治村の入村料で内部まで見学できます。入村料は大人2,500円、高校生1,500円、中学生と小学生700円、未就学児は無料です。開村時間は季節によって変わり、3月から7月と9月・10月は午前9時30分から午後5時、12月から2月は午前10時から午後4時が目安です。
Q明治村帝国ホテル中央玄関は東京の帝国ホテルとどう違うのですか。
A東京都千代田区内幸町にあったライト館のうち、車寄せ、ホワイエ、左右のラウンジ、ロビーを含む中央玄関部だけを移築したものです。建築面積は911平方メートルで、もとの建物の総面積34,000平方メートル余のごく一部にあたります。現在の東京の帝国ホテルとは別の建物です。
Q明治村帝国ホテル中央玄関は国宝や重要文化財ですか。
Aいずれでもありません。平成16年(2004年)2月17日に登録有形文化財(建造物)として登録されました。登録番号は23-0121、登録基準は「造形の規範となっているもの」です。国宝・重要文化財の「指定」とは別の制度による保護にあたります。
Q明治村帝国ホテル中央玄関で撮影はできますか。
A写真撮影は可能ですが、建物内での三脚使用は禁止されています。メインロビーは3階までの吹き抜けで、大階段や廻り階段の踊り場から見下ろす角度が変化に富みます。営業目的の撮影は事前の手続きが必要です。
Q明治村帝国ホテル中央玄関へのアクセスと、村内での場所は。
A名鉄犬山駅東口から明治村行きの路線バスで約20分、「明治村」バス停で下車します。名鉄バスセンターと栄からの直通バスもあります。車の場合は中央自動車道小牧東インターチェンジから約3キロメートル、駐車場は普通車1,000円です。建物は村内5丁目67番地にあり、北口からのほうが近くなります。

基本データ

名称明治村帝国ホテル中央玄関
所在地愛知県犬山市内山1 博物館明治村内(5丁目67番地)
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成16年(2004年)登録
員数1棟
寸法鉄骨鉄筋コンクリート造3階建、一部銅板葺、建築面積911平方メートル
所有者公益財団法人明治村
公開状況公開(内部公開。入村料が必要)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 明治村帝国ホテル中央玄関
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003887
文化遺産オンライン 明治村帝国ホテル中央玄関
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/116967
博物館明治村 帝国ホテル中央玄関
https://www.meijimura.com/sight/帝国ホテル中央玄関/
博物館明治村 開村時間・休村日
https://www.meijimura.com/guide/open/
博物館明治村 チケット・料金
https://www.meijimura.com/guide/price/
博物館明治村 アクセス
https://www.meijimura.com/guide/access/

最終更新日: 2026.09.03