敷地の中央を貫く、長さ約33メートルの土蔵

勇駒酒造本社東蔵は、秋田県横手市増田町増田字中町にある江戸末期の土蔵造平屋建の酒蔵で、明治末期に西側へ増築され、平成14年(2002年)2月14日に国の登録有形文化財に登録された。勇駒酒造の4件のなかで最も古く、最も大きい。

勇駒酒造本社東蔵は店舗の後方、東西に細長い敷地のほぼ中央に建つ。文化庁は酒を蓄える貯蔵蔵と説明しており、桁行は約33メートル、建築面積は234平方メートルに及ぶ。

江戸末期の東半分と明治末期の西半分

勇駒酒造本社東蔵は、一度に建てられた蔵ではない。文化庁は、部材の表面の仕上げ方や各部の比例の違いから、東側の部分を江戸末期ごろ(1830〜1867年の範囲)、西側の部分を明治末期の増築と判断している。数十年の間をおいて、蔵は西へ継ぎ足されてきたことになる。

登録基準は「造形の規範となっているもの」で、文化庁は長大な規模に加えて、全体に丁寧なつくりである点を挙げている。登録番号は05-0087である。

横手市は、敷地に残る旧仕込み蔵を「宝暦蔵」と呼んで江戸時代後期の建築とし、間口に対して奥行きの長いこの蔵には大きな増築の跡が見られ、時期の違う何種類かの小屋組が並ぶと紹介している。規模と増築の経緯から、この宝暦蔵は勇駒酒造本社東蔵を指すとみられる。ただし文化庁は増築を1回と記し、市は2回とするなど、細部の説明は一致していない。

観音扉と柱・貫の内部

勇駒酒造本社東蔵の屋根は東西に棟を通した切妻造の鉄板葺で、正面には厚い土の観音開の扉が付く。文化庁の解説は、この扉を重厚なものと形容している。

横手市の解説によると、宝暦蔵の内部は飾りを省き、柱と貫を組んで頑丈な骨組みをつくっている。酒を仕込んでいたころは、作業の足場となる中2階の床が張られていたが、いまは撤去されている。

内部に入れたら、天井を見上げて東から西へ歩いてみたい。小屋組の形が途中で変わる場所が、江戸の蔵と明治の増築の継ぎ目の手がかりになる。

勇駒酒造本社東蔵の見学

勇駒酒造本社東蔵は店舗の後ろに建つため、街道からは見えにくい。食堂「くらを」の運営者は宝暦蔵を貸し切りの場として貸し出しており、増田町観光協会は旧勇駒酒造の見学に事前の予約が必要としている。内部を見たい場合は、予約のときに勇駒酒造本社東蔵(宝暦蔵)に入れるかを確かめたい。

貸し切りの利用中は見学できないことがある。撮影できるかどうかも、その場で店に尋ねるとよい。

Q&A

Q勇駒酒造本社東蔵はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは、東側の部分が江戸末期ごろ(1830〜1867年の範囲)、西側の部分が明治末期の増築とされています。
Q勇駒酒造本社東蔵の大きさは?
A桁行約33メートル、建築面積234平方メートルの土蔵造平屋建で、勇駒酒造の登録文化財4件のなかで最大です。
Q勇駒酒造本社東蔵は「宝暦蔵」と同じ建物ですか?
A横手市が「宝暦蔵」と呼ぶ江戸時代後期の旧仕込み蔵は、規模と増築の経緯から東蔵を指すとみられます。ただし文化庁の解説はこの呼び名を使っておらず、増築の回数の説明も市と異なります。
Q勇駒酒造本社東蔵の中は見学できますか?
A旧勇駒酒造の見学は事前予約制です。宝暦蔵は食堂「くらを」が貸し切り用に貸し出しているため、入れるかどうかは予約の際に確認してください。
Q勇駒酒造本社東蔵はどの登録基準で登録されましたか?
A「造形の規範となっているもの」です。長大な規模と全体に丁寧なつくりが評価されています。

基本情報

名称勇駒酒造本社東蔵(いさみごましゅぞうほんしゃひがしぐら)
所在地秋田県横手市増田町増田字中町64
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号05-0087
指定年平成14年(2002年)2月14日登録
員数1棟
寸法土蔵造平屋建、鉄板葺、桁行約33メートル、建築面積234平方メートル
所有者合資会社羽場こうじ店
公開状況店舗の後方にあり街道からは見えにくい。見学は事前予約制(貸し切り利用あり)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):勇駒酒造本社東蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002599
横手市公式サイト:旧勇駒酒造(国登録有形文化財)
https://www.city.yokote.lg.jp/masuda/1001614/1004379.html
増田町観光協会:公開施設
https://masuda-matta.com/facility/
旬菜みそ茶屋くらを 公式サイト
https://kurawo.net/

最終更新日: 2026.10.02