那波紙店五号倉庫 ― 番号だけが残った

名前が化石になっている。五号倉庫は昭和十三年(1938)、同じような倉庫がいくつか並んで建つうちの一棟として建てられた。いま残るのはこれだけである。他がなくなり、番号で呼び分ける相手がいなくなってなお、当時の呼び名で呼ばれ続けている。秋田県の登録説明資料は、そう記す。

店舗兼主屋の斜向かい、通りを挟んだ南西の敷地に、東西棟で建つ。桁行一四・六メートル、梁間七・六メートル、建築面積111平方メートル、木造二階建、切妻造鉄板葺。平成二十六年(2014)四月二十五日に登録有形文化財となった。登録番号05-0199。同日に登録された那波紙店の五棟のうち、末尾の一棟である。

もうひとつの建築の世紀

那波紙店の登録五棟のうち四棟は明治の仕事である。土蔵造、漆喰塗、梁と束を積み上げる和小屋組。この倉庫はそのいずれでもない。隣の建物たちとの落差こそが、この一棟に目を向ける理由になる。

まず小屋組。文化庁の記録は、キングポストトラスと明記する。

トラスは西洋からの移入技術で、和小屋組が使わない原理で働く。和小屋が梁と束を積み、水平材を経て荷重を下へ下へと圧縮で伝えるのに対し、トラスは垂木の足元を引張材で結び、全体を一枚の剛な三角形として振る舞わせる。だから少ない材でより長く飛ばせる。キングポストは中央の垂直材だが、これは棟を支える束ではなく、頂点から吊り下がって陸梁を吊る材である。日本の大工がトラスを学んだのは明治期、主に官営の建築を通じてで、昭和十年代には無柱空間を要する建物の常識的な選択になっていた。この倉庫では、その原理が梁間七・六メートルの無柱の床を生んでいる。

外壁は漆喰ではなくモルタル。県の資料は、東面を除くすべてを色モルタル仕上げと記す。

東妻

東の端に出入り口がある。そして、この建物が金をかけた場所でもある。

県の資料は、この面を「看板建築」と呼ぶ。大正末から昭和初期にかけての用語で、街路に対して平坦な装飾面を掲げながら、その背後は通常の木造という建物を指す。関東大震災後の東京に林立した店舗建築と結びつけて語られることが多い様式であり、それが秋田の倉庫の妻面に現れているという事実は、この発想がどれほど遠くまで運ばれたかを示している。

仕上げは御影石の洗い出しである。砕いた石をモルタルに混ぜて塗り、完全に硬化する前に水で表面を洗って骨材を露出させる技法。うまくいけば、遠目には石積みに見える壁が、石の何分の一かの費用で建つ。戦間期にこの仕上げが好まれた理由は、そこにある。

文化庁の解説文は構成をもう一段詳しく述べる。妻壁を立ち上げ、柱形を表す。妻壁を屋根の稜線より上へ立ち上げるのは看板建築の常套手段で、これによって勾配屋根の建物が、歩道から見ると平坦で垂直な面として読めるようになる。柱形が残りの仕事をする。背後で屋根を支えている構造とは何の関係もない垂直のリズムを、その面に与えるのである。

倉庫にこれらは要らない。それでも誰かが、あったほうがよいと決めた。文化庁の調査者はこの立面を記述して、意匠を凝らす、と書いた。

登録の理由

登録基準は五棟すべてに共通で、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。平成八年(1996)に始まった登録の制度は、指定の制度とは網の広さも重さも違う。国宝・重要文化財は数を絞って指定し、厳しく規制する。登録有形文化財は数多く記録に載せ、変更は許可ではなく届出とし、使われ続けることを前提とする。五号倉庫は商店街に建つ現役の紙商の建物である。この軽い仕組みだからこそ、守られつつ役に立てる。

単体で見れば、昭和十三年の木造倉庫はどこにでもある。だが、隣接する敷地に建つ五棟の一員として、明治中期から昭和十年代までを跨ぐ列の末尾として見たとき、この建物は何かを完成させている。ひとつの商家の建物群が、土壁と積み上げの梁から、トラスと洗い出しの人造石へと至る、二世代分の建築技術を記録している。個々の特徴以上に、登録制度が手放したくなかったのは、この連続性だろう。

訪ねるにあたって

五号倉庫は非公開で、内部に入ることはできない。ただし、見られるように設計された東妻は通りを向いており、公道の歩道から眺められる。立ち上げた妻壁と柱形、そして石に見せかけた洗い出しの面を探すとよい。両脇の色モルタルとの対比が、そこにある。

斜向かいの店舗は月曜から金曜9:30〜17:30、土曜9:00〜17:00の営業(日祝・お盆・年末年始休)。五棟のうち、訪問者が入れるのはここだけである。駐車場は買い物客用に四台分。

秋田駅からは徒歩十五分から十九分ほど。明治の蔵とこの倉庫をまとめて歩けば、二十分ほどの道のりで、ひとつの家が建て続けてきた百年をたどることになる。

Q&A

Qなぜ「五号」なのですか。
A創建当初は同じような倉庫がいくつか並んで建っていたためです。他は失われましたが、残った一棟を当時の呼び名のまま呼び続けていると、秋田県の登録説明資料が記しています。
Qキングポストトラスとは何で、なぜ重要なのですか。
A垂木の足元を引張材で結び、全体を剛な三角形として働かせる洋小屋の形式で、中央に吊り下がる垂直材がキングポストです。明治期以降に日本へ導入され、和小屋組より長い無柱スパンを可能にします。この点が、近隣の明治の土蔵群とこの建物を分けています。
Q看板建築とは何ですか。
A大正末から昭和初期にかけて建てられた、街路に面する側を平坦な装飾面とし、しばしば妻壁を屋根より高く立ち上げる一方、背後は通常の木造という建物を指す呼び方です。秋田県の資料は、この倉庫の東側外壁にこの語を用いています。
Q洗い出しとはどんな仕上げですか。
A砕石を混ぜたモルタルを塗り、硬化前に表面を水で洗って骨材を露出させる仕上げです。県の資料は、この倉庫の東側外壁を御影石洗い出しと記しています。石造に近い見え方を、石より安価に得られる技法です。
Q中は見られますか。
A見られません。現役の私有財産です。外観は通りから見ることができ、斜向かいの店舗は営業時間内に入店できます。

基本情報

名称那波紙店五号倉庫(なばかみてんごごうそうこ)
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録番号05-0199
登録年月日平成26年(2014)4月25日/第77回登録
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1棟
時代・年代昭和/昭和13年(1938)
構造及び形式等木造2階建、切妻造、鉄板葺。小屋組はキングポストトラス。外壁モルタル塗、東妻は御影石洗出し仕上げ
規模桁行14.6メートル、梁間7.6メートル/建築面積111平方メートル
種別産業3次/建築物
所在地秋田県秋田市大町5-249-11
所有個人所有(株式会社那波伊四郎商店の敷地内)
アクセスJR秋田駅から徒歩約15〜19分
公開状況非公開(外観のみ公道から見学可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/那波紙店五号倉庫
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009878
秋田県/登録有形文化財(建造物)那波紙店 登録説明資料(PDF)
https://www.pref.akita.lg.jp/uploads/public/archive_0000007683_00/naba.pdf
那波紙店(株式会社那波伊四郎商店)/ご案内・沿革
https://naba-net.co.jp/about/

最終更新日: 2026.07.16