那波紙店商品蔵 ― 紙が運び出されてきた蔵
那波紙店で平成二十六年(2014)に登録された五棟のうち、年代が一年に確定しているのはこの蔵だけである。幅でも推定でもない。明治三十年(1897)。
五棟のなかで最も大きく、そして唯一の瓦葺でもある。桁行一一メートル、梁間六・七メートル、建築面積157平方メートル、土蔵造二階建。店舗兼主屋の後方、南寄りに東西棟で建つ。主屋のトオリをまっすぐ進んだ、その突き当たりである。
この位置が、建物の意味のすべてを語っている。通りから店に入り、そのまま奥へ歩けば、商品にたどり着く。「商品蔵」とはそういう蔵だった。
明治三十年という年
商品蔵が建つ十一年前、明治十九年(1886)四月の俵屋火事が、秋田の外町を一夜で焼いた。焼失戸数3,554。那波紙店も全焼している。家族は再建し、その頃に商いを茶と砂糖から和紙へと移した。
明治三十年、この蔵を建てるだけの商いになっていた。
文化庁の記録は、店舗兼主屋の年代を1883〜1897年の幅で示し、他の蔵も「明治中期」と緩やかに置く。商品蔵の確定年は、その幅の終端にある。そこから順序が見えてくる。まず商いの場と住まい、次に記録を守る文庫蔵。そして在庫が積み上がった段階で、売り物のための本格的な耐火倉庫。
その売り物がどう売られたかは、社史に残る。畳敷きの座売り。店に置くのは見本だけ。注文が入ってから蔵の紙を運び出し、畳の上に広げて客に見せる。建物と売り方はひとつの仕組みだった。陳列棚に切り替わったのは昭和五十一年(1976)頃で、そのとき商品蔵はすでに八十年働いていたことになる。
登録の理由
登録は平成二十六年(2014)四月二十五日、登録番号05-0197、第77回登録。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の一号である。
平成八年(1996)に発足した登録有形文化財の制度は、国宝・重要文化財を生む指定制度に比べて意図的に軽い。大きな変更にあたって許可ではなく届出を求める設計で、日常的に使われている建物が使われたまま残ることを目指している。現役の商家の敷地に建つ商業用の蔵は、この制度が想定した対象そのものといってよい。
文化庁の解説文は二点を挙げる。ひとつは建ち方。商品蔵と文庫蔵が並び建ち、その双方に鞘屋根を一連に架けることで、主屋を含めた一体的な空間構成をつくっている。もうひとつは小屋組で、これに地方的特色を認めている。
小屋組と、資料の食い違いについて
和小屋組は段階的に積み上げる構法である。梁が束を負い、束が次の梁を負い、それを繰り返して、最上部の何かが棟木を受ける。その最後の一手に、大工の土地の癖が出る。
秋田県の登録説明資料が最も詳しい。商品蔵の妻側は、小屋梁に束を立てる三重梁形式で、最上部の小屋梁が直接棟木を受ける。桁行中央部は束立て二重梁形式で、最上部の小屋梁の上に舟肘木を乗せ、その舟肘木が棟木を受ける。
ところが文化庁の解説文は、同じ箇所をこう書く。二重梁の上に舟肘木状の材を「直交させて」棟木を受ける、と。県の資料は舟肘木を「平行に乗せ」と記す。両者が字義どおり同時に成り立つことはない。
本稿は一次資料の優先順位に従って文化庁の記述を採るが、この食い違いは解決せずに示しておく。二つの公的資料が同じ一箇所の仕口を相容れない言葉で記している、という事実自体が、読者にとって有用な情報だと考えるためである。なお、両者が一致している点もある。梁と棟木のあいだに舟肘木という部材が介在すること。そして、それが調査者の目に地方的特色として映ったこと。
内部は、床が板張り、天井は根太天井。柱間は貫と筋交いで支える。この筋交いが、貫のみと記録される文庫蔵との違いである。
外壁は黒漆喰で塗り込められている。松煙を混ぜた黒漆喰は白漆喰より水に強く、硬く締まる。県の資料はその外観を「重厚な印象」と評した。白壁の文庫蔵と並んで建つことを思えば、この対比は偶然ではないだろう。
訪ねるにあたって
商品蔵は非公開である。株式会社那波伊四郎商店の現役の敷地内にあり、蔵は私有財産として使われている。
手前の店舗は月曜から金曜9:30〜17:30、土曜9:00〜17:00に営業(日祝・お盆・年末年始休)。店内に立てば、蔵へ続く土間の奥行きが見える。それが訪問者にとって、この建物に最も近づける経験になる。
外からわかることが、ひとつだけある。店の背後の屋根を見てほしい。この敷地の屋根はほぼすべて金属板葺だが、商品蔵だけが瓦葺である。瓦は遠目にも違って見える。重く、葺き足の影の線が並ぶ。知っていれば、建物のほうから名乗ってくれる。
秋田駅からは徒歩十五分から十八分ほど。昭和五十八年(1983)の日本海中部地震では同店の土蔵二棟の壁が崩落して改修されたが、社史はどの蔵かを記していない。
Q&A
- 商品蔵の内部は見られますか。
- 見られません。営業中の商家の敷地内にある私有の蔵で、公開されていません。同じ敷地の店舗は営業時間内に入店できます。
- 隣の文庫蔵とは何が違うのですか。
- 用途と仕上げが違います。商品蔵は売り物の紙を収める蔵で、建築面積157平方メートルと文庫蔵の106平方メートルより大きく、瓦葺で、外壁は黒漆喰塗です。柱間を貫に加えて筋交いでも支える点も、貫のみと記録される文庫蔵と異なります。
- 舟肘木とは何ですか。
- 舟の形にたとえられる肘木で、上から受ける荷重を分散させるために用いる部材です。商品蔵では小屋組の最上部にあって棟木を受けており、文化庁はこの構成に地方的特色を認めています。
- なぜこの蔵だけ建築年が特定できているのですか。
- 文化庁の記録は商品蔵に明治30年(1897)を与える一方、店舗兼主屋や他の蔵には明治中期という幅を示すのみです。その根拠となった資料までは公表されていないため、差が生じた理由はここでは述べられません。
- 鞘屋根とは何ですか。
- 土蔵の上に架けて漆喰壁を風雨から守る外側の屋根です。蔵本体とは構造的に別のもので、この敷地では商品蔵と文庫蔵の二棟にわたって一連に架けられています。
基本情報
| 名称 | 那波紙店商品蔵(なばかみてんしょうひんぐら) |
|---|---|
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録番号 | 05-0197 |
| 登録年月日 | 平成26年(2014)4月25日/第77回登録 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 時代・年代 | 明治/明治30年(1897) |
| 構造及び形式等 | 土蔵造2階建、瓦葺、内蔵形式(文庫蔵と一連の鞘屋根) |
| 規模 | 桁行11メートル、梁間6.7メートル/建築面積157平方メートル |
| 種別 | 産業3次/建築物 |
| 所在地 | 秋田県秋田市大町4-219他 |
| 所有 | 個人所有(株式会社那波伊四郎商店の敷地内) |
| アクセス | JR秋田駅から徒歩約15〜18分 |
| 公開状況 | 非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/那波紙店商品蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009876
- 文化遺産オンライン/那波紙店商品蔵
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/274943
- 秋田県/登録有形文化財(建造物)那波紙店 登録説明資料(PDF)
- https://www.pref.akita.lg.jp/uploads/public/archive_0000007683_00/naba.pdf
- 那波紙店(株式会社那波伊四郎商店)/ご案内・沿革
- https://naba-net.co.jp/about/
最終更新日: 2026.07.16