那波紙店向かい蔵 ― 母屋が消えても残った内蔵

那波紙店が平成二十六年(2014)に登録した五棟のうち、最も小さい。建築面積70平方メートル。名の通り、店の通りを挟んだ向かい側、別の地番に建つ。桁行九・七メートル、梁間五メートル、土蔵造二階建、切妻造、鋼板葺。

秋田県の登録説明資料は、この蔵を内蔵形式と記す。ここが引っかかる。内蔵とは、家屋の躯体に取り込まれ、屋内から出入りし、住まいと一連の屋根の下に置かれる蔵のことだ。しかし現在、この蔵のまわりに住まいはない。隣接地に建つのは、昭和五十九年(1984)に設立された会社事務所である。

県の資料は、その理由を説明している。事務所の場所には当初、那波伊四郎家の住宅が建っていた。だからこの蔵は、その住宅の内蔵だったと考えられる。そういう筋道である。住宅は失われ、蔵は残った。いま蔵を覆っているのは覆い屋であり、かつて蔵と部屋とをひとつに結んでいた屋根の、代わりを務めている。

登録の理由

登録は平成二十六年(2014)四月二十五日、登録番号05-0198、第77回登録。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。同日、那波紙店の他の四棟も登録された。

平成八年(1996)に始まった登録有形文化財は、日本の建造物保護制度のうち軽いほうの仕組みである。国宝・重要文化財を生む指定制度が、第一級の少数に厳格な規制をかけるのに対し、登録は景観への寄与という広い網をかけ、変更には許可ではなく届出を求め、所有者が使い続けることを前提とする。当初の文脈がとうに失われながら現役の敷地に残った蔵は、この制度が拾い上げようとした対象に、よく当てはまる。

文化庁の解説文は外観から記述する。商品蔵と通りを挟む敷地に東西棟で建つ切妻造。西妻を戸口として下屋を設け、南面に窓を設ける。外壁は漆喰塗で、腰を簓子下見板張とする。小屋組については、商品蔵に似て二重梁で棟木を支持する、と述べる。

なお、位置の記述は資料によって基準点が異なる。文化庁は「商品蔵と通りを挟む敷地」とし、県の資料は「主屋南側の道路を挟んで南側」とする。同じ建物を別の目印から述べたもので、必ずしも矛盾ではないが、資料を突き合わせる読者は差異に気づくだろう。屋根葺材についても、文化庁は鋼板葺、県は鉄板葺と記す。

腰の板と、曲がり梁

簓子下見板張(ささらこしたみいたばり)は、名を知っておくと、東北の町を歩くたびに目に入るようになる。

雪国では、壁の足元の漆喰が真っ先に傷む。融雪水が跳ね、吹き溜まりが何か月も壁に寄りかかり、表面は下から崩れていく。対策は、腰の部分を横板で覆うこと。板は一枚ずつ下の板に重ねて張り、水を落とす。その板を押さえるには縦の桟がいるが、簓子はこの桟に一定間隔の刻みを入れ、刻みの一つひとつが板の端に噛むようにしたものである。刻みの並びが簓(ささら)に似ることから、この名がついた。白い漆喰壁の下に、黒っぽい板の裾。機能が先にあり、しかし大工がその線を引くのを楽しんだこともまた、見ればわかる。

内部について県の資料はこう記す。床は板張り、天井は根太天井、柱間は貫で支える。小屋組は和小屋組で、大きな曲がり梁に束を立てる二重梁形式。最上部の小屋梁で直に棟木を受ける。

この曲がり梁に、少し立ち止まりたい。自然に曲がった丸太を主要な部材に選ぶのは、妥協ではない。曲がった木目は、その木自身が荷重に応えてきた履歴に沿っており、同じ断面の挽き材より大きな力を負える。秋田の雪を載せる蔵の屋根にとって、それは風情ではなく構造の判断である。

訪ねるにあたって

向かい蔵は非公開である。展示施設ではなく、現役の会社が所有し、その事務所に隣接して建つ建物である。

ただし外観は公道から見える。店舗の背後に隠れる文庫蔵・商品蔵とは、そこが違う。歩道から、下屋の付いた西妻の戸口まわりと、腰の下見板張を見ることができる。

見るのは通りからにとどめてほしい。よい角度を求めて私有地に立ち入るのは論外であり、通りの向かいの店は、文化財施設ではなく商売をしている。

店舗の営業は月〜金9:30〜17:30、土9:00〜17:00(日祝・お盆・年末年始休)。秋田駅からは徒歩十五分から十八分ほど。昭和五十八年(1983)の日本海中部地震では同店の土蔵二棟の壁が崩れ落ち、のちに改修されているが、社史はどの蔵かを記していない。

Q&A

Q向かい蔵は見学できますか。
A公道から外観を眺めることのみ可能です。建物は私有で、内部は公開されていません。店舗の背後にある文庫蔵・商品蔵と違い、外観は歩道から見えます。
Q単独で建っているのに、なぜ内蔵形式なのですか。
A秋田県の登録説明資料は、現在の会社事務所の場所に当初は那波伊四郎家の住宅が建っていたことから、この蔵はその住宅の内蔵だったと考えられる、としています。住宅は失われ、現在は覆い屋が架けられていますが、調査者は当初の形式によって分類しています。
Q簓子下見板張とは何ですか。
A壁の腰の部分に横板を下から重ねて張り、刻みを入れた縦桟(簓子)でその板端を押さえる仕上げです。跳ね返る雨や雪から漆喰壁を守るもので、東北地方に広く見られます。
Q他の蔵とはどう違いますか。
A建築面積70平方メートルは五棟中最小で、文庫蔵の106平方メートル、商品蔵の157平方メートルを下回ります。通りを挟んだ別の地番に単独で建つ点も他と異なります。小屋組は二重梁形式で、文化庁は商品蔵に似ると評しています。
Q住所が店舗と違うのはなぜですか。
A向かい蔵は通りを挟んだ別敷地にあるためです。文化庁の記録では所在地が秋田市大町5-201-2で、店舗兼主屋・文庫蔵・商品蔵の「大町4-219他」とは別の地番になっています。

基本情報

名称那波紙店向かい蔵(なばかみてんむかいぐら)
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録番号05-0198
登録年月日平成26年(2014)4月25日/第77回登録
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1棟
時代・年代明治/明治中期(1883〜1897)
構造及び形式等土蔵造2階建、切妻造、鋼板葺。当初は内蔵形式、現在は覆い屋を架ける
規模桁行9.7メートル、梁間5メートル/建築面積70平方メートル
種別産業3次/建築物
所在地秋田県秋田市大町5-201-2
所有個人所有(株式会社那波伊四郎商店の敷地内)
アクセスJR秋田駅から徒歩約15〜18分
公開状況非公開(外観のみ公道から見学可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/那波紙店向かい蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009877
秋田県/登録有形文化財(建造物)那波紙店 登録説明資料(PDF)
https://www.pref.akita.lg.jp/uploads/public/archive_0000007683_00/naba.pdf
那波紙店(株式会社那波伊四郎商店)/ご案内・沿革
https://naba-net.co.jp/about/

最終更新日: 2026.07.16