全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
冨士屋旅館石段は別府市鉄輪の旧冨士屋旅館に明治31年(1898年)に築かれた石段。幅2.1メートルで前門の間口にそろえ、厚い板石の踏石と長石の側石を使い、北面は亀甲積に近い。平成13年(2001年)登録。
冨士屋旅館主屋は別府市鉄輪に明治31年(1898年)に建った木造2階建の旅館建築。寄棟造の2棟をL字に組み、東面中央に式台玄関の跡を残す。平成13年(2001年)登録。現在はカフェとホールとして公開。
冨士屋旅館前門は別府市鉄輪の旧冨士屋旅館に明治31年(1898年)に建てられた間口2.1メートルの薬医門。主屋の旧式台玄関と向き合い、石段の上から通りの視線を受け止める。平成13年(2001年)に登録された。
大分県佐伯市の鶴見半島に建つ豊後水道海事博物館は、明治37年(1904年)に水ノ子島灯台の灯台守たちの退息所として建てられた煉瓦造の洋風建築です。国登録有形文化財に指定されたこの建物は、実際に使用されたフレネルレンズや渡り鳥の剥製コレクションなど、豊後水道の海事遺産を伝える貴重な展示を公開しています。
大分県佐伯市の鶴見半島先端に残る、1904年築の石造りの塀。豊後水道の水ノ子島灯台を守った灯台守たちの退息所を囲む延長172メートルの高石垣で、コンクリート製の小屋根を頂く独特の意匠が特徴です。1998年に国の登録有形文化財に登録。敷地内の海事資料館では灯台のフレネルレンズや灯台守の暮らしを伝える展示が見学できます。
大分県別府市の朝見浄水場に建つ八角形の集合井室。球状の屋根、円弧のペディメントを載せたポーチ、石積み風の目地をもつ鉄筋コンクリート造で建築面積14平方メートル。文化庁は1917年、市は第1期拡張時の第二集合井室とする。
大分県別府市の朝見浄水場の敷地西端にある鉄筋コンクリート造の配水池。建築面積985平方メートルで、壁の頂部に石製の笠木をめぐらす。文化庁は大正6年(1917年)、市は第1期拡張事業の施設とする。1997年登録。
大分県別府市の朝見浄水場で、配水池の北側面に設けられた管理用の出入口。大正15年(1926年)の鉄筋コンクリート造で建築面積13平方メートル。方形の基礎に据えた柱型と独特の柱頭飾が評価され1997年に登録された。
大分県別府市の朝見浄水場で、敷地西端の配水池の南側面に設けられた管理用の出入口。大正15年(1926年)の鉄筋コンクリート造、建築面積13平方メートル。洗い出しの壁と側面のアーチ形の窓枠を備え、1997年に登録。
大分県別府市朝見の低地、朝見浄水場から離れた北側に建つ量水室。昭和2年(1927年)の鉄筋コンクリート造で建築面積17平方メートル。基壇風の基礎に列柱と柱頭飾り、アーチ形の窓枠を配した古典様式で1997年に登録。
別府タワーは大分県別府市北浜の国道10号沿いに建つ昭和32年(1957年)の展望塔で、登録有形文化財。東京タワーも手がけた内藤多仲の設計で総高90メートル。塔身の断面が八角形から四角形、三角形へと変わる。
帆足家分家の湯殿の西に建つ明治中期の井戸上屋。切石積みの基壇に4本の柱を立てて切妻造・桟瓦葺の屋根を架け、中央に切石の長方形の井桁を組む。文化庁は往時の生活を知るうえで貴重と評価している。一般公開はされていない。
帆足家分家の敷地南西隅に建つ明治中期の木造2階建。寄棟造の裏二階の西端に、1間幅の観音開きの木戸口を開く切妻造の裏木戸の建物が直角に取り付き、屋敷の裏口を固める。敷地の奥にあり、一般公開はされていない。
帆足家分家の敷地西端に建つ明治22年(1889年)の穀物蔵。桁行7間・梁間3間の土蔵造2階建で屋敷最大。東面に引戸口2か所と全長にわたる吹き放ちの下屋を付け、切石積みの上に床を高く上げた豪壮な蔵である。
帆足家分家の主屋北側の庭の一角に建つ明治中期の土蔵造2階建の質蔵。切石積みの上に建ち、南正面の腰を海鼠壁として庇付きの引戸と石段を備える。付属の板塀と門も含めて登録された。敷地の奥にあり、一般公開はされていない。
大分市戸次本町に残る帆足家分家の主屋。明治39年(1906年)建築の木造2階建で、通り土間をもつ商家の形式に北側の座敷と次の間を組み合わせる。屋敷11件のうち唯一「再現することが容易でないもの」として登録された。
帆足家分家の主屋西側に建つ明治中期の座敷棟。桁行5間・梁間3間の寄棟造平屋で、8畳の座敷と南の広縁が中庭に向く。南西隅から延びる板塀と門も含めて登録された。敷地の奥にあり、東側の道路からは見えにくい。
帆足家分家の主屋北西、敷地境に建つ明治中期の土蔵造2階建の道具蔵。屋敷の蔵で最も小さく、南正面を海鼠壁の腰と庇付きの引戸で構え、2階に鉄扉の窓2つ、ほかの3面に水切り瓦を付ける。一般公開はされていない。
帆足家分家の主屋の北に続く明治中期の塀。長さ13.7メートル、切石積みの上に下見板張の腰と漆喰塗りの上部を重ね、2か所に格子窓を開く。南端に間口1.8メートルの庭門が付き、東側の道路から外観が見られる。
帆足家分家の穀物蔵の北に連なる明治22年(1889年)の味噌蔵。桁行5間・梁間3間の木造平屋で、屋敷の蔵で唯一真壁造とし、西面と北面を板張りとする。東面に葺き下ろした下屋の北側2間半を室内に取り込む。