旧山中家住宅とは
旧山中家住宅は、愛媛県上浮穴郡久万高原町上黒岩にある18世紀後半の民家で、昭和45年(1970年)6月17日に重要文化財に指定された。国の指定名称は「旧山中家住宅(旧所在 愛媛県宇摩郡別子山村)」といい、括弧の中は移築される前の所在地を示している。
もとの場所は宇摩郡別子山村、現在の新居浜市別子山にあたる。別子銅山を抱えた山村である。県立「岩陰文化の里」の指定を受けていた旧美川村(現在の久万高原町)がこの民家を譲り受け、昭和50年(1975年)に上黒岩へ移築復元した。移された先は縄文時代の上黒岩岩陰遺跡のすぐ脇で、旧山中家住宅は本来の集落から離れた土地に、遺跡の付属施設のような立ち位置で建っている。
建物は桁行14.4メートル、梁間7.7メートル。屋根は入母屋造の茅葺で、壁は板張りである。建築年代を直接示す文書や棟札は残っておらず、細部の手法から推定するほかない。文化庁の国指定文化財等データベースは18世紀後半とし、愛媛県と久万高原町の解説は18世紀中期から末期ごろとする。表記に幅があるのは、根拠が様式判断に限られるためである。
この民家が重要文化財になった理由
評価の中心は間取りにある。旧山中家住宅の平面は桁行方向に三つに分かれ、西の上手が「ザシキ」で南側に床の間と押入を備える。中央が「オモテ」で、この2室の北側正面に縁側が付く。東端が「チャノマ」、その南に「オク」という小部屋が入る。部屋が横一列に並ぶ形である。
そして土間がほとんどない。チャノマの東北寄りに、間口一間半・奥行半間だけの土間が突き出す形で復原されているが、通常の民家が持つ広い作業土間には遠く及ばない。文化庁の解説は「建物の中がせまく部屋を一列にならべ、土間がほとんどない」と記し、地形の影響がこの間取りを生んだと説明する。高知県境に近い四国中央山地では、平地が乏しく、家を横長に伸ばすほかなかった。
愛媛県はこの形式を四国中央山地における民家の一典型と位置づける。土間が狭く部屋を一列に並べる家は山村に広く見られるが、旧山中家住宅はその特徴が際立って濃い。そのうえで同系統のなかでは古い部類に入り、保存状態も良い。類型を代表しうる古い実例であることが、指定の決め手になっている。
旧山中家住宅の見どころ
入口は建物に向かって左側にある。中に入って最初に効いてくるのは天井の低さと、部屋の奥行きの浅さである。梁間は7.7メートルあるが、そのうちかなりの部分を周囲の下屋が占める。上屋と下屋からなる構造で、下屋が上屋の周りを取り巻く。
見上げると小屋組が目に入る。扠首(さす)組と棟束を併用した組み方で、茅葺の内側を支える材が交差する。山の家の小屋組は流儀が地域ごとに分かれるため、この併用の形は写真に収めておく価値がある。
室内では差鴨居が多用されている点に注意したい。柱と柱のあいだに太い横材を渡し、その上に壁や小壁を載せる技法で、建具の高さや部屋の輪郭を決めている。壁が板壁であることとあわせて、この家の質感を作っているのはほとんど木の面である。土壁の家とは光の返り方が違う。
縁側は北面、つまり正面側に付く。ザシキとオモテの2室が縁を共有し、そこから外を見る形になる。日当たりを最優先しない構えは、山の斜面地で向きを選ぶ余地が少なかったことを示している。
建物の外に出れば、90メートルほどの距離に上黒岩岩陰遺跡があり、出土品を収める考古館が隣接している。約1万4500年前の縄文草創期から後期にわたる遺跡で、線刻を施した石偶が出たことで知られる。縄文の岩陰と18世紀の民家が並ぶ配置は、この土地の整備方針そのものである。
旧山中家住宅の見学方法とアクセス
旧山中家住宅は内部まで自由に見学でき、参観料は無料である。開館は午前10時から午後5時まで。休館日は毎週月曜日と、12月1日から3月31日まで。冬季はまるごと閉まるため、訪問時期の確認が欠かせない。問い合わせ先は久万高原町教育委員会(電話0892-21-0139)である。
撮影について、町の案内に制限は示されていない。内部も撮影できるが、催しが行われている際は現地の指示に従いたい。
場所は国道33号沿い、久万川の対岸にあたる。久万高原町役場から車でおよそ12分。松山方面からは国道33号を南へたどる経路になる。公共交通の場合、国道33号を走るJR四国バスの松山高知急行線が利用でき、上黒岩遺跡前の停留所が最寄りになる。便数は多くないので、時刻表を先に確認してから動くとよい。
隣の上黒岩岩陰遺跡考古館は有料で、開館時間と休館日は旧山中家住宅と同じである。両方を見るなら、遺跡と民家を続けて回って1時間ほどを見込めばよい。
開館時間と参観料は2026年9月4日に久万高原町の公式ページで確認した。
Q&A
- 旧山中家住宅は見学できますか。開館時間と参観料は?
- 内部まで自由に見学でき、参観料は無料です。開館は午前10時から午後5時まで。休館日は毎週月曜日と、12月1日から3月31日までの冬季期間です。問い合わせは久万高原町教育委員会(0892-21-0139)へ。
- 旧山中家住宅はいつ、どこから移築されたのですか?
- もと宇摩郡別子山村(現在の新居浜市別子山)にあった民家を、県立「岩陰文化の里」の指定を受けていた旧美川村(現在の久万高原町)が譲り受け、昭和50年(1975年)に上黒岩へ移築復元しました。
- 旧山中家住宅の間取りは何が珍しいのですか?
- 土間がほとんどなく、部屋が横一列に並ぶ点です。西からザシキ、オモテと続き、東にチャノマ、その南にオクが入ります。土間はチャノマの東北寄りに間口一間半・奥行半間だけ突き出す形で復原されています。四国中央山地の山村民家の典型とされる形式です。
- 旧山中家住宅の建築年代はいつごろですか?
- 建築年代を直接示す記録は残っていません。文化庁の国指定文化財等データベースは18世紀後半、愛媛県と久万高原町の解説は18世紀中期から末期ごろとしています。いずれも細部の手法からの推定です。
- 旧山中家住宅へのアクセス方法を教えてください
- 国道33号沿いにあり、久万高原町役場から車でおよそ12分です。公共交通では国道33号を走るJR四国バス松山高知急行線が利用でき、上黒岩遺跡前の停留所が最寄りになります。便数が限られるため、時刻表の事前確認をおすすめします。
基本データ
| 名称 | 旧山中家住宅(旧所在 愛媛県宇摩郡別子山村) |
|---|---|
| 所在地 | 愛媛県上浮穴郡久万高原町上黒岩1032 |
| 指定区分 | 重要文化財 |
| 指定年 | 昭和45年(1970年)6月17日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行14.4メートル、梁間7.7メートル |
| 所有者 | 久万高原町 |
| 公開状況 | 公開(午前10時から午後5時、参観料無料。月曜日と12月1日から3月31日は休館) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)旧山中家住宅(旧所在 愛媛県宇摩郡別子山村)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3395
- 文化遺産オンライン 旧山中家住宅(旧所在 愛媛県宇摩郡別子山村)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/176632
- 久万高原町 国指定重要文化財「旧山中家住宅」
- https://www.kumakogen.jp/site/education/1667.html
- 久万高原町 国指定史跡「上黒岩岩陰遺跡」
- https://www.kumakogen.jp/site/education/1666.html
- 愛媛県 えひめの文化財(たから)旧山中家住宅
- https://www.pref.ehime.jp/ehimenotakara/29.html
最終更新日: 2026.09.04