二つの国を隔てる壁

曲谷トンネルを知るには、隧道そのものより地図を見るのがよい。木ノ芽峠は古く越前と若狭を分け、敦賀・福井間の鉄道にとって最大の難所であった。明治20年代の技師たちは、一本の大隧道ではなく、峠の山裾に連なる隧道の連続でこれに応え、尾根また尾根を縫って線路を通した。曲谷はその連なりの一つ、延長約260メートル、その名「曲がる谷」のとおり緩やかに湾曲する。

所在は敦賀市大比田、第二観音寺トンネルの北およそ50メートルにあたる。

共通の設計、路線に反復する

曲谷は隣接する隧道と同じ部材構成で築かれ、側壁の待避所に架かる煉瓦アーチを含めて、葉原・曽路地谷トンネルと一致する。この反復自体が一つの物語である。長く難しい区間を前に、建設者は信頼できる標準を練り上げ、尾根ごとに長さと湾曲を変えながら、一基また一基とそれを適用した。これらの隧道を続けて見る者は、単一の構造物ではなく、一つの工法を読むことになる。

価値と見学

ここの急で連続する登りは、列車を峠越えさせるために後押し用の補助機関車を必要とし、その連結基地が両端の敦賀と今庄に置かれた。この運転上の困難こそが、1962年に長大な北陸トンネルが開通した際にこの区間が廃止された理由であり、また隧道の連なりが今日まで残った理由でもある。曲谷は2016年、路線の他構造物とともに登録有形文化財となった。

旧線に沿う単線幅の道路上にある。トンネルの信号に従い、前照灯を点け、補修による区間閉鎖があるため、出発前に通行可否を確かめてほしい。

Q&A

Q曲谷という名の意味は。
A「曲がる谷」を意味します。木ノ芽峠の山裾の地形に沿って、隧道は緩やかに湾曲しています。
Qなぜここに多くのトンネルが近接しているのですか。
A木ノ芽峠は越前と若狭を隔てる急峻な壁でした。技師たちは一本の長大隧道ではなく、山裾を縫う短い隧道の連なりを掘り、曲谷もその一つです。
Qどのような構造ですか。
A隣接隧道と同じく石造及び煉瓦造で、延長約260メートル。側壁の待避所に煉瓦アーチを架けます。葉原・曽路地谷トンネルと設計を共有します。
Q正確な場所はどこですか。
A敦賀市大比田、第二観音寺トンネルの北約50メートル、現在は道路として使われる旧北陸線跡にあります。

基本情報

名称旧北陸線曲谷トンネル
所在地福井県敦賀市大比田
指定区分登録有形文化財(建造物) 2016年(平成28年)2月25日登録
登録番号18-0150
年代明治28年頃(1895年頃)
構造・形式石造及び煉瓦造 延長260m、幅員3.9m
所有者福井県
アクセス旧北陸線跡(単線幅の公道)沿い。トンネル内は信号に従うこと。訪問前に通行状況を確認のこと

参考資料

Agency for Cultural Affairs, National Cultural Properties Database — Magaridani Tunnel
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010958
Tsuruga City Tourism Association — Former Hokuriku Line Tunnels
https://tsuruga-kanko.jp/spot/history_culture/hokuriku-line-tunnel/
Fukui Prefecture Official Travel Guide (Fuku-e.com)
https://www.fuku-e.com/spot/detail_1640.html

最終更新日: 2026.07.09