イギリス積で45メートル

田川市の石炭記念公園、鋼製の櫓から南へおよそ120メートルの位置に、細い煉瓦の柱が高さ45メートルまで立ち上がる。旧三井田川鉱業所伊田竪坑第一煙突である。明治41年(1908年)に築かれ、鉱山の汽罐場に付属した。旧来の尺で言えば150尺、煉瓦は全体がイギリス積、すなわち長手の段と小口の段を交互に積む堅牢な組み方で仕上げられている。基部には半円アーチ形の煙道が一部残り、かつて高温の排煙が煙突へ入った開口を今も見せている。

これほどの高さの煙突は装飾ではない。炭鉱全体の通風装置であった。真下には汽罐場があり、石炭を焚いて蒸気を起こした。その蒸気が、櫓のヘッドシーブを回す巻上機や、深い竪坑の水を汲み上げる排水ポンプを動かす。煙突が高いほど、炉へ空気を引き込む通風が強まる。ここでは高さがそのまま動力であった。

積み目に宿る技

明治の日本は、初期の重工業を輸入された煉瓦技術の上に築いた。この煙突は、地元の職人がその技をいかに速く体得したかを示す。現存する明治期の煉瓦煙突として国内最大級で、平成19年(2007年)に国の登録有形文化財となった。登録は同年10月2日、告示は10月20日、基準は国土の歴史的景観に寄与しているもの。登録番号は40-0052である。

壁面を近くで読むと、煉瓦積みそのものが語りかけてくる。円形煙突にイギリス積が選ばれたのは、噛み合う小口が曲面をつかみ、稼働する煙道の絶えざる熱応力に耐えるためだ。各段はわずかな割合ずつ内側へ寄せ、45メートルにわたって逓減を正確に保たねばならない。最後の火が落ちて一世紀余りを経てなお柱が垂直を保つことが、その仕事の確かさを何より明かしている。

もう一本と読み比べる

第一煙突が訪れる人の目に単独で映ることは少ない。西へ25メートルの位置に第二煙突が立ち、二本そろって地元では二本煙突と呼ばれ、田川の象徴となった輪郭をなす。見比べると足元に違いが現れる。第一煙突は基部から頂部まで円形断面を保つのに対し、隣は八角形から始まる。同じ年に同じ目的で築かれた二基を分けるこの違いは、ゆっくり眺める価値がある。

煙突は柵で囲われ中には入れないが、周囲の公園は無料で開かれ、田川伊田駅から歩いてすぐである。煙突裏手の階段は展望広場へ通じ、そこでは二本の煙突と櫓が香春岳の稜線を背に一列に並ぶ。全体を一枚に収める定番の視点だ。

Q&A

Qこの煙突は何のためのものでしたか。
A鉱山の汽罐場に付属していました。そこで石炭を焚いて起こした蒸気が巻上機や排水ポンプを動かし、高い煙突が炉を強く燃やすための通風を生みました。
Qイギリス積とは何で、なぜここで使われたのですか。
A長手の段と小口の段を交互に積む煉瓦の組み方です。円形煙突では曲面を締めつけ、稼働する煙道の熱応力に耐えるため、この45メートルの柱全体に用いられました。
Q第一煙突と第二煙突はどう見分けますか。
A基部を見てください。第一煙突は下から上まで円形ですが、西へ25メートルの第二煙突は八角形の断面から始まり、上部で円形に変わります。
Q入場料はかかりますか。
A石炭記念公園は無料で開放され、煙突の基部まで歩いて近づけます。隣接する田川市石炭・歴史博物館は有料ですが、訪ねる価値があります。

基本情報

名称旧三井田川鉱業所伊田竪坑第一煙突
所在地福岡県田川市大字伊田2734-1
指定区分登録有形文化財(登録 平成19年10月2日/告示 平成19年10月20日)
登録番号40-0052
年代明治41年(1908年)
構造煉瓦造、円形、高さ約45メートル(150尺)。イギリス積で、基部に半円アーチ形の煙道が一部残る
員数1基
所有者田川市
アクセス田川伊田駅から徒歩約8分。敷地は無料開放、構造物は外観見学のみ

参考文献

文化庁 — 国指定文化財等データベース(伊田竪坑第一煙突)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00006467
田川市石炭・歴史博物館 — 公園と構造物のデジタルツイン
https://coalhistory-tagawa.com/
クロスロードふくおか — 田川市石炭・歴史博物館
https://www.crossroadfukuoka.jp/experience/13249
TAGAWAコールマイン・フェスティバル — 公式サイト
https://tagawa-coalmine.com/

最終更新日: 2026.07.10