数寄屋風の離れ座敷
軒下の小壁を見上げると、軒丸瓦が飾りとして嵌め込まれている。屋根の機能上は必ずしも要らない一手であり、この建物全体に通じる細やかな趣向をよく示している。主屋の南西方に接続して建つ離れ座敷で、木造平屋建、三室からなるL字型の平面をとる。楠森河北家住宅を構成する一棟である。
屋敷が建つのは福岡県うきは市浮羽町山北、河北家が代々居を構えてきた地である。平成十六年(二〇〇四)に国の登録有形文化財となった八棟のうち、この座敷は実用よりも美しさに意を注いだ建物といえる。美術史家として知られる河北倫明は、大正三年(一九一四)にこの家に生まれた。
登録の理由と価値
屋根に注目したい。主体は南北棟の入母屋造で、下屋を廻し、南面東側には寄棟造の屋根を突出させる。これらの形式を一棟の小規模な建物にまとめるには技を要し、その仕上がりに重さは感じられない。全体は数寄屋風のつくりで、細い部材と抑制を重んじる、茶室に由来する繊細な意匠に貫かれている。
登録の基準は「造形の規範となっているもの」である。屋敷の蔵が農家建築の素朴な強さを示すのに対し、この座敷はその対極、すなわち客をもてなし体面を整える部屋のために、富裕な在地の家がしつらえた洗練された住宅建築を体現している。
見どころ
この種の建物の面白さは、小さな判断の積み重ねにある。L字型の平面によって三室が庭に向かって開き、水回りは背後に収まる。突出する寄棟屋根は、外から見て最も格式の高い一隅を示す。飾りの軒丸瓦、柱の太さの割合、漆喰の扱い、そのいずれもが同じ静かな語彙に属している。
ここで育った河北倫明は、のちに東京・京都の国立近代美術館の創設に関わり、近代日本絵画の研究を導いた。これほど丁寧に建てられた座敷は、美術を見つめ続けた生涯の出発点にふさわしい。屋敷は私邸であり定期的な公開はないが、竹垣や湧水、初夏の蛍のある谷あいは、訪れる人に開かれている。
Q&A
- 座敷とはどのような部屋ですか。
- 畳敷きの、儀礼や接客に用いる部屋です。ここでは働く建物より高い仕上げで建てられた独立した棟の形をとっています。
- 数寄屋風とはどういう意味ですか。
- 茶室の影響を受けた洗練された住宅の様式で、細い部材や自然の素材、控えめな意匠を、大きさよりも重んじます。
- 河北倫明とはどのような人物ですか。
- 大正三年(一九一四)にこの屋敷に生まれた美術史家で、東京・京都の国立近代美術館の創設に携わり、近代日本美術の研究に大きな足跡を残しました。
- 座敷を見学できますか。
- 屋敷は私邸で、定期的な一般公開はありません。外観見学は事前にうきは市教育委員会へ相談してください。
基本情報
| 名称 | 楠森河北家住宅座敷 |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県うきは市浮羽町山北2056 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2004年3月2日(告示3月29日)/第41回/登録番号 40-0032 |
| 登録基準 | 造形の規範となっているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 構造及び形式 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積83㎡ |
| 年代 | 明治中期 |
| 公開状況 | 一般公開なし(うきは市教育委員会へ要問合せ) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース — 楠森河北家住宅座敷
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004082
- うきは観光サイト UKIHA love — 楠森河北家住宅・河北倫明
- https://ukihalove.jp/contents/kawakitamichiakiseika/
- 楠森堂 — 楠森河北家住宅について
- https://kusumoridou.com/about/kawakitake/
- うきは市 — 楠森河北家住宅(国の登録有形文化財)
- https://www.city.ukiha.fukuoka.jp/kiji0035114/index.html
最終更新日: 2026.07.04