南久保田家住宅主屋とは

南久保田家住宅主屋(みなみくぼたけじゅうたくしゅおく)は、福岡県うきは市吉井町福永にある南久保田家の屋敷の中央に建つ大正4年(1915年)の住まいで、平成24年(2012年)2月23日に登録有形文化財となった。木造平屋一部2階建で、建築面積は427平方メートルある。

屋敷の8件のなかで飛び抜けて大きく、蔵や倉庫、門はこの主屋を取り巻くように配されている。文化庁の解説は南久保田家住宅主屋を、長く太い材をふんだんに使った雄大なつくりの大型民家と評している。

大型民家としての価値

南久保田家住宅主屋は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録有形文化財となった。東を正面とし、桁行24.6メートル、梁間12.8メートルの本体から、西に納戸、北に便所を張り出す。

登録を申し出たのは所有者の久保田家である。うきは市の記事によれば、家族は、旧家の屋敷を守り続けるのは容易ではないとしながら、先人が心を尽くしてつくった家を子や孫に大切に受け継いでほしいと願って登録を希望した。その際に家の見どころとして名を挙げたのが、主室の鏡天井だった。

18畳の主室と鏡天井

南久保田家住宅主屋でもっとも知られるのは、18畳の主室に張られたスギ板の鏡天井である。竿縁で区切らず、板を一枚の平面のように張りつめる天井で、畳18枚を敷く部屋の上を平らな板面が覆う。これだけの面積をむらなく張るには、幅と長さのそろった材が要る。文化庁の解説が長大な材に触れているのは、こうしたつくり全体を指している。

屋根は入母屋造の桟瓦葺で、2階の外壁は柱を塗り込めた大壁とする。柱や貫を見せない壁は、2階部分を重く、閉じた印象に見せる。

平屋を基本に一部だけを2階とする形は、大きな屋根の下に広い座敷と土間を収める農家の構えを保ちながら、上へも部屋を取った形といえる。

資料による記述の違い

うきは市の記事は南久保田家住宅主屋を「木造2階建て」と紹介しているが、文化庁のデータベースは木造平屋一部2階建としている。本稿はデータベースの記載に従った。建築年の大正4年(1915年)と建築面積427平方メートルは、両者で一致している。

見学方法

南久保田家住宅主屋は個人が所有する住まいで、内部は公開されていない。鏡天井のある主室を見られる機会も案内されていない。敷地の中央に建ち、周囲を屋敷林と塀が囲むため、道からどこまで見えるかは確かめられていない。私有地には立ち入らないようにしたい。

Q&A

Q南久保田家住宅主屋はいつ建てられましたか。
A大正4年(1915年)です。平成24年(2012年)2月23日に登録有形文化財となりました。
Q南久保田家住宅主屋はどのくらいの大きさですか。
A桁行24.6メートル、梁間12.8メートルで、建築面積は427平方メートルあります。屋敷の8件のなかで最も大きな建物です。
Q南久保田家住宅主屋の鏡天井はどこにありますか。
A18畳の主室にあり、スギ板を平らに張っています。所有者が登録を希望した際にも、この天井が名前を挙げられました。
Q南久保田家住宅主屋は2階建てですか。
A文化庁のデータベースでは、平屋を基本に一部を2階とする木造平屋一部2階建です。うきは市の記事は木造2階建てと紹介しています。
Q南久保田家住宅主屋の内部は見学できますか。
Aできません。個人が所有する住まいで、一般公開はされていません。

基本データ

名称南久保田家住宅主屋(みなみくぼたけじゅうたくしゅおく)
所在地福岡県うきは市吉井町福永字屋敷160-2
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成24年(2012年)2月23日登録
員数1棟
寸法桁行24.6メートル、梁間12.8メートル、木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積427平方メートル
所有者個人
公開状況非公開

参考文献

国指定文化財等データベース 南久保田家住宅主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009228
文化遺産オンライン 南久保田家住宅主屋(文化庁)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/201061
南久保田家住宅(国の登録有形文化財)(うきは市)
https://www.city.ukiha.fukuoka.jp/kiji0035115/index.html
南久保田家住宅(ukihalove.jp うきは市観光サイト)
https://ukihalove.jp/contents/minamikubotakejyuutaku/

最終更新日: 2026.09.28