吉村家住宅旧納屋とは
吉村家住宅旧納屋は、福岡市中央区谷二丁目の吉村家住宅の敷地南西隅に建つ明治中期(1883〜1897年)の木造平屋建の建物で、令和3年(2021年)2月4日に国の登録有形文化財に登録された。登録された4件のなかでもっとも古い。
建築面積は30平方メートル。切妻造の桟瓦葺で、柱を見せる真壁造の外壁に竪板張を施している。文化庁のデータベースは、昭和20年(1945年)頃と昭和25年(1950年)頃に改修を受けたことを記す。
吉村家住宅旧納屋に残る旧主屋の記憶
吉村家住宅旧納屋については、文政年間(1818〜1830年)の建築と伝わる旧主屋の付属建物だったという話が家に伝わっている。福岡市の資料によれば、その旧主屋は平成19年(2007年)に解体された。いまの主屋は大正14年(1925年)に隠居所として別に建てられたものなので、旧納屋は大正の主屋よりも前の屋敷の姿を伝える、ただ1棟の建物ということになる。
建てられた時期は、部材の古び方などから明治中期と推定されている。文政という伝承の年代と、建物そのものから推定される年代とは一致しない。伝わっているのは旧主屋の年代であって、旧納屋の年代ではない点に注意して読みたい。
納屋から居室へ:吉村家住宅旧納屋の使われ方
福岡市と文化庁の解説は、吉村家住宅旧納屋がもともと小作米などを収めるのに使われたと推測している。武家地にありながら小作米を扱っていたとすれば、近代の吉村家が土地を持ち、米の出入りを管理していたことをうかがわせるが、使途はあくまで推測にとどまる。
戦後になって内部が改められ、北側に6畳、南側に4畳半の2室が設けられた。土間や物置だった空間に畳の部屋が入り、住まいの一部として使われるようになった経緯が、改修の記録から読み取れる。
外観は、竪板の目地と柱の線が縦に並ぶ簡素な構えである。主屋の重なり合う屋根と比べると、切妻の一枚屋根の素朴さがよく分かる。
吉村家住宅旧納屋の見学
吉村家住宅旧納屋は個人の住宅の敷地内にあり、一般公開の案内は見当たらなかった(2026年10月確認)。敷地に入ることはできず、撮影についての公式の案内もない。敷地の南西隅という位置から通りに近い可能性はあるが、外からどこまで見えるかは確認できていない。
Q&A
- 吉村家住宅旧納屋はいつ建てられましたか?
- 部材の経年の具合などから明治中期(1883〜1897年)の建築と推定されています。吉村家住宅の登録4件のなかでもっとも古い建物です。
- 吉村家住宅旧納屋が文政年間の建物だというのは本当ですか?
- 文政年間の建築と伝わるのは、平成19年(2007年)に解体された旧主屋のほうです。旧納屋はその付属建物だったと伝わり、建物自体は明治中期と推定されています。
- 吉村家住宅旧納屋は何に使われていましたか?
- 小作米などの収納に使われたと推測されています。戦後に6畳と4畳半の2室に改修され、居室として使われるようになりました。
- 吉村家住宅旧納屋はいつ国の登録有形文化財になりましたか?
- 令和3年(2021年)2月4日に登録されました。登録番号は40-0178です。
- 吉村家住宅旧納屋は見学できますか?
- 個人の住宅の敷地内にあるため公開されていません。2026年10月の時点で一般公開の案内は見当たりませんでした。
基本情報
| 名称 | 吉村家住宅旧納屋 |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県福岡市中央区谷2丁目280 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和3年(2021年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積30㎡(木造平屋建) |
| 所有者 | 個人(吉村家) |
| 公開状況 | 非公開(個人の住宅) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)吉村家住宅旧納屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013662
- 文化遺産オンライン 吉村家住宅旧納屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/539388
- 福岡市 報道発表資料「吉村家住宅 国の登録有形文化財(建造物)登録へ」(PDF)
- https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/files/NewsBlocks/35bcfb5f-668e-48e1-ba31-a45852e4a23b/value01/NewsParagraph733fileja.pdf
最終更新日: 2026.09.30