天野家住宅西蔵とは
天野家住宅西蔵は、福島県南相馬市小高区耳谷にある明治前期(1868〜1882年頃)建築の土蔵で、平成30年(2018年)に国の登録有形文化財に登録された。昭和前期に改修を受けている。読みは「あまのけじゅうたくにしぐら」。
天野家住宅西蔵は土蔵造の2階建て、瓦葺で、建築面積は39㎡。敷地の南面の西寄りに建つ家財蔵で、米ではなく、家の道具や衣類といった財産を納めた。天野家住宅の6件のうち、最も古い建物である。
天野家住宅西蔵の登録と価値
天野家住宅西蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録有形文化財に登録された。登録番号は07-0204である。
文化庁の解説は、天野家住宅西蔵を頑丈なつくりの蔵としたうえで、東の米蔵と同じく、格式のある表構えをつくっていると評価する。2棟の蔵が敷地の正面に並ぶ眺めは、平成30年(2018年)7月20日の文化審議会の答申でも天野家住宅の特徴として挙げられた。
建った年代でみると、天野家住宅西蔵は明治44年(1911年)の主屋よりおよそ30〜40年古く、大正15年(1926年)の米蔵とは半世紀前後離れている。天野家住宅のなかで、明治前期までさかのぼる建物はこの1棟だけだ。
天野家住宅西蔵の造り
天野家住宅西蔵の外形は米蔵とよく似ている。置屋根式の切妻造妻入で、北面の中央に扉口を開き、その上に下屋を差し掛ける。扉口が屋敷の内側を向き、南の道側に妻壁を見せる点も同じである。
違いは細部に現れる。天野家住宅西蔵の海鼠壁は壁の下部、腰壁にとどまり、一階の壁全体を海鼠壁とする米蔵より範囲が狭い。
差がいちばん大きいのは骨組みだ。天野家住宅西蔵は一階から二階まで通る通し柱を、1尺(約30センチ)間隔で立てている。半間(約0.9メートル)ごとに柱を立てる米蔵と比べると、柱の間隔はおよそ3分の1になる。壁の中に柱がびっしりと並ぶ造りである。
小屋組は登梁で、屋根の勾配に沿って斜めに梁を架ける。米蔵の曲り梁とトラスの組み合わせとは異なる、和式の架け方である。同じ表構えに並ぶ2棟の蔵で、柱の密度と小屋組の形式が違っている。
天野家住宅西蔵の見学
天野家住宅西蔵は個人の住まいの一部で、内部は公開されていない。通し柱や登梁は外からは見えない。
天野家住宅西蔵は敷地の南面、西寄りに立つ。外から見えるとすれば南側の妻壁と腰の海鼠壁になるが、現地で確かめてはいない。敷地には入らず、撮影は公道からにとどめたい。
Q&A
- 天野家住宅西蔵はいつ建てられましたか?
- 明治前期(1868〜1882年頃)に建てられ、昭和前期に改修されました。天野家住宅で最も古い建物です。
- 天野家住宅西蔵は何を納める蔵でしたか?
- 家の道具や衣類など、家財を納める家財蔵です。
- 天野家住宅西蔵の造りの特徴は?
- 土蔵造の2階建てで、通し柱を1尺(約30センチ)間隔で立て、小屋組を登梁とする頑丈な造りです。腰壁は海鼠壁です。
- 天野家住宅西蔵はなぜ登録有形文化財なのですか?
- 平成30年(2018年)に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。米蔵と並んで、天野家住宅の格式ある表構えをつくっています。
- 天野家住宅西蔵は見学できますか?
- 個人の住まいの一部で、内部は公開されていません。敷地にも入れません。
基本情報
| 名称 | 天野家住宅西蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 福島県南相馬市小高区耳谷字桃内28 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成30年(2018年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積39㎡ |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開(個人の住宅) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)天野家住宅西蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012489
- 文化遺産オンライン 天野家住宅西蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/379674
- 文化庁 登録有形文化財(建造物)の登録について(平成30年7月20日 文化審議会答申)(PDF)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/r1392281_31.pdf
- 南相馬市 指定文化財一覧(PDF)
- https://www.city.minamisoma.lg.jp/material/files/group/43/siteibunkazai.pdf
最終更新日: 2026.10.01