平安時代とは
平安時代は、延暦13年(794年)に桓武天皇が都を平安京に移してから、12世紀末に源頼朝が鎌倉に武家政権を開くまでの約400年間を指す日本史の時代区分である。終わりの年は鎌倉時代の始まりをどこに置くかによって、1180年代から1192年まで幅がある。前の時代は奈良時代である。
文化財の上では、仏教美術と建築の日本化が進んだ時代にあたる。前期には最澄・空海によって天台宗と真言宗がもたらされ、密教の仏像や曼荼羅が数多く造られた。木彫では、一本の材から像を彫る一木造の重厚な像がこの時期の特色となる。中期以降は浄土教が広まり、阿弥陀如来をまつる阿弥陀堂が各地に建てられた。平等院鳳凰堂(天喜元年、1053年)や中尊寺金色堂(天治元年、1124年)はその代表で、仏像では複数の材を組む寄木造が完成し、穏やかな作風が広がった。建築では、檜皮葺の屋根や柔らかな軒の反りなど、のちに和様と呼ばれる日本的な意匠が整えられた。
美術史では、平安時代の後半を藤原時代と呼ぶことがあり、前半を貞観時代などと呼び分ける数え方もある。これらは作風による区分で、国の記録の時代区分とは一致しない。
記録での書かれ方と読み方
国の建造物の記録は、「時代」欄に「平安中期」「平安後期」のように前期・中期・後期を付けて書く。注意したいのは、この区分が美術史の感覚とずれることがある点である。平等院鳳凰堂(1053年)は建造物の記録で「平安中期」とされ、中尊寺金色堂(1124年)は「平安後期」とされる。美術史で藤原時代の代表とされる鳳凰堂が、記録では中期に置かれていることになる。記事で前期・中期・後期を書くときは、記録の値をそのまま使い、美術史の区分と混ぜないようにしたい。
美術工芸品の記録は、時代を「平安」とだけ示すことが多い。制作年が分かる場合は年代欄に記され、たとえば有田市の大日如来坐像は像内の墨書から康平5年(1062年)の作と分かる。年が分からない像では、解説が「十一世紀中ごろ」のように世紀単位で時期を述べる。
平安時代末から鎌倉時代初めにかけての作品は、時代を「平安~鎌倉」のように二つの時代にまたがって記すこともある。境目の年に諸説があることに加え、作風が連続しているためである。英語では Heian period と書く。
参考文献
- 時代から見る|文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/era/japan
- 平等院鳳凰堂 尾廊|文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/189783
- 中尊寺金色堂|文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/199039
- 木造大日如来坐像(有田市)|国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/4931
最終更新: 2026.09.26