室町時代とは

室町時代は、足利尊氏が京都に幕府を開いた14世紀前半から、天正元年(1573年)に15代将軍足利義昭が織田信長によって京都を追われ、幕府が実質的に終わるまでの時代区分である。名は、3代将軍義満が京都の室町に邸宅を構えたことに由来する。始まりは、幕府の方針を示した建武3年(1336年)とする見方と、尊氏が征夷大将軍に任じられた暦応元年(1338年)とする見方がある。

最初の約60年間は、朝廷が京都の北朝と吉野の南朝に分かれて争った時期で、南北朝時代と呼んで室町時代から切り分けることが多い。二つの朝廷が合一した明徳3年(1392年)以降を狭い意味の室町時代とし、応仁の乱(1467年から1477年)以後の後半を戦国時代と重ねて呼ぶこともある。前は鎌倉時代、後は安土・桃山時代である。

文化財の上では、住宅と庭園、禅宗文化の比重が大きくなった時代にあたる。慈照寺銀閣(1489年建立)は、一階を書院造の要素の濃い住宅風、二階を禅宗様を基調とする仏殿風にしつらえた楼閣で、この時代に住宅と仏堂の意匠が組み合わされていったことを示す。寺院建築では、鎌倉時代に入った禅宗様と大仏様の要素を在来の和様に取り込んだ折衷的な建物が各地に建てられた。

記録での書かれ方と読み方

南北朝時代の扱いは、記録の種類によって違う。文化遺産オンラインの時代区分は「南北朝」と「室町」を別に立て、美術工芸品の記録もこれに従う。一方、国の建造物の記録は「室町前期」「室町中期」「室町後期」で時代を示し、南北朝の年代の建物を室町前期に含めることがある。明王院五重塔は、伏鉢の刻銘から貞和4年(1348年)の建立と分かるが、記録の「時代」欄は「室町前期」である。

このため、同じ14世紀半ばの作でも、彫刻や絵画は「南北朝」、建造物は「室町前期」と記されることがある。記事では記録の値に従い、別の種類の記録の区分に書き換えないようにしたい。和暦を併記する場合、南北朝期には北朝と南朝で別の元号が並行して使われたため、記録や銘文がどちらの元号で書いているかを確かめる必要がある。明王院五重塔の貞和は北朝の元号である。

英語では Muromachi period と書き、南北朝時代は Nanbokuchō period とする。

参考文献

時代から見る|文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/era/japan
明王院五重塔|文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/195800
慈照寺銀閣|文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/189483

最終更新: 2026.09.26