天保15年の金物蔵

旧相川家住宅土蔵は、群馬県伊勢崎市三光町にある天保15年(1844年)建築の金物蔵で、令和7年(2025年)8月6日に国の登録有形文化財に登録された。金物商だった相川家が商品を納めた蔵で、現在は相川考古館の展示室として使われている。

旧相川家住宅土蔵は土蔵造の2階建で、建築面積は54平方メートル。切妻造の桟瓦葺で、棟を東西に通している。館の説明では、平面は2間半に7間。主屋の北に建ち、南面の西寄りに開いた戸口で主屋の北面西端とつながる。

主屋の完成から7年後に建った蔵で、店・住まい・蔵が一続きになった商家の構えの、いちばん奥を受け持っている。

登録の理由と価値

文化庁は旧相川家住宅土蔵について、長大な外観が敷地北方の景観を特徴づけている点を挙げる。東西に長い土蔵が屋敷の北側を一枚の白い壁で閉じ、背後の輪郭を決めている。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

内部は各階一室の板敷で、小屋組は登梁を水平の繋梁(つなぎばり)でつないだ形式をとる。斜めに架け上げた登梁どうしを横材で結ぶことで、2階の中央に柱を立てずに広い一室を確保している。売り物の金物を積んだ倉庫としては、柱の少ない床が使いやすかったはずである。

開口部は控えめで、窓は東の妻面と2階の南面にだけ開き、漆喰塗の扉を吊る。火が入れば扉を閉めて塗り込める土蔵の基本を守った造りで、主屋から直接出入りできる位置にあることと合わせ、商家の蔵の実用をよく示している。

見どころ

旧相川家住宅土蔵の見どころは、外と内の両方にある。外では、屋敷の北側に長く延びる壁面と、東の妻面の窓と漆喰の扉を見ておきたい。窓の数を絞った壁の広さが、この蔵の重さをつくっている。

内部は相川考古館の常設展示室で、相川之賀が集めた伊勢崎周辺の出土品などが並ぶ。米岡遺跡の石器・耳飾り・土偶、八坂遺跡の縄文土器と石器、伊勢崎市周辺出土の埴輪類、上植木廃寺の礎石や古瓦のほか、之賀が北米で集めたカナダの先住民関係の資料もここにある。

展示を見ながら、頭上の小屋組にも目を向けたい。2階では登梁と繋梁が組み合う様子を下から確かめられる。かつて金物が積まれていた空間に、いまは縄文から近世までの出土品が収まっている。

見学方法

旧相川家住宅土蔵の内部は相川考古館の展示室として公開されており、入館すれば中に入って見学できる。主屋から続けて見て回れる配置である。

外観の長い壁面は、敷地の内側から主屋の北に回ると見やすい。展示資料の撮影や掲載を希望する場合は、館へ問い合わせる必要がある。開館時間・入館料・行き方は旧相川家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q旧相川家住宅土蔵はいつ建てられましたか?
A天保15年(1844年)の建築です。主屋が建った天保8年(1837年)の7年後にあたります。
Q旧相川家住宅土蔵の中に入れますか?
A入れます。内部は相川考古館の展示室で、入館すれば伊勢崎周辺の出土品などの展示とともに見学できます。
Q旧相川家住宅土蔵には何が展示されていますか?
A米岡遺跡の石器・耳飾り・土偶、八坂遺跡の縄文土器と石器、伊勢崎市周辺出土の埴輪類、上植木廃寺の礎石や古瓦、カナダの先住民関係の資料などです。
Q旧相川家住宅土蔵はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A東西に長い土蔵造2階建の外観が、敷地北側の景観を特徴づけている点が評価されました。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。
Q旧相川家住宅土蔵の構造の特徴は何ですか?
A土蔵造2階建、切妻造の桟瓦葺で、各階一室の板敷です。小屋組は登梁を水平の繋梁でつなぐ形式で、窓には漆喰塗の扉を吊っています。

基本情報

名称旧相川家住宅土蔵
所在地群馬県伊勢崎市三光町6-11
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和7年(2025年)8月6日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、建築面積54平方メートル
所有者公益財団法人相川考古館
公開状況相川考古館の展示室として公開(有料)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):旧相川家住宅土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015407
文化遺産オンライン:旧相川家住宅土蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/597742
文化庁:文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)令和7年3月21日
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/94187801.html
相川考古館:考古館概要
https://aam.or.jp/exhibition/

最終更新日: 2026.09.24