土蔵造の屋敷神
旧相川家住宅稲荷社は、群馬県伊勢崎市三光町にある明治15年(1882年)建築の屋敷神の社で、令和7年(2025年)8月6日に国の登録有形文化財に登録された。金物商相川家の敷地の北西隅に東を向いて建ち、現在は公益財団法人相川考古館が所有している。
旧相川家住宅稲荷社は土蔵造の平屋建で、建築面積は5.1平方メートルしかない。屋根は入母屋造の桟瓦葺で、妻側を正面に向けた妻入とする。屋敷の中で最も小さな登録建物だが、店や金物蔵と同じ土蔵造で建てられている。
屋敷神は家や敷地を守るために屋敷の内に祀る神で、稲荷を祀る例が多い。相川家の稲荷社は、主屋や土蔵から少し離れた北西の隅を占めている。
登録の理由と価値
文化庁は旧相川家住宅稲荷社を「土蔵造で重厚な外観とした珍しい小社」と評している。屋敷神の社は木造の小祠とすることが多く、厚い土壁で全体を包んだ例は少ない。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
館はこの社を「いわば耐火金庫」と説明し、館の英語の案内はさらに踏み込んで、金庫としても使われたと記している。どこまで実際に金庫として使われたのかは資料からは確かめられないが、神を祀る場と大切な物を火から守る場を一つの建物に重ねる発想は、防火を重んじたこの家の姿勢とよく合う。
戸口の造りにも、土蔵と同じ考え方が表れている。両開きの掛子塗の戸は、扉と枠の合わせ目を段状に塗り重ね、閉めたときに隙間ができないようにした土蔵の防火扉の仕上げである。その内側に、社殿らしい桟唐戸をもう一組吊っている。
見どころ
旧相川家住宅稲荷社でまず目を引くのは屋根の大棟である。組棟で高く積み上げた棟に神紋を飾り、5.1平方メートルの小さな建物に不釣り合いなほどの存在感を与えている。
次に戸口を見たい。外側の掛子塗の戸は蔵の構え、内側の桟唐戸は社の構えで、二重の扉が「蔵であり社である」というこの建物の性格をそのまま表している。
内部は拝所の奥に祭壇を雛壇状に設け、最上段の正面にも桟唐戸を吊る。戸を重ねて神座へ近づいていく構成で、小さいながら奥行きのある空間になっている。
見学方法
旧相川家住宅稲荷社は相川考古館の敷地の北西隅にあり、入館すれば外観を見ることができる。東を向いて建つので、午前の光が正面に当たる。
祭壇のある内部の公開については、館の案内に記載がない。中を見たい場合や撮影したい場合は、受付で確かめるのが確実である。開館時間・入館料・行き方は旧相川家住宅のページにまとめてある。
Q&A
- 旧相川家住宅稲荷社はいつ建てられましたか?
- 明治15年(1882年)の建築です。
- 旧相川家住宅稲荷社は何を祀っていますか?
- 相川家の屋敷神として稲荷を祀る社です。敷地の北西隅に東を向いて建っています。
- 旧相川家住宅稲荷社はなぜ土蔵造なのですか?
- 理由を記した資料は確認できませんが、館はこの社を「いわば耐火金庫」と説明しています。店や金物蔵と同じく、火に強い土蔵造で建てられています。
- 旧相川家住宅稲荷社はなぜ登録有形文化財になったのですか?
- 土蔵造で重厚な外観とした珍しい小社であることが評価されました。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。
- 旧相川家住宅稲荷社は見学できますか?
- 相川考古館に入館すれば、敷地の北西隅で外観を見られます。内部の公開や撮影については受付で確認してください。
基本情報
| 名称 | 旧相川家住宅稲荷社 |
|---|---|
| 所在地 | 群馬県伊勢崎市三光町6-11 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和7年(2025年)8月6日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造平屋建、建築面積5.1平方メートル |
| 所有者 | 公益財団法人相川考古館 |
| 公開状況 | 相川考古館の敷地内で外観を見学可(有料) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):旧相川家住宅稲荷社
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015408
- 文化遺産オンライン:旧相川家住宅稲荷社
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/612343
- 文化庁:文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)令和7年3月21日
- https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/94187801.html
- 相川考古館:考古館概要
- https://aam.or.jp/exhibition/
- 相川考古館:English
- https://aam.or.jp/english/
最終更新日: 2026.09.24