大胡駅引留鉄塔 ― 昭和初期の鉄道電力設備が今に伝える近代化の記憶
群馬県前橋市の大胡駅構内に、開業当時の姿をとどめる一基の鉄塔が静かに立っています。上毛電気鉄道大胡駅引留鉄塔(ひきとめてっとう)は、1928年(昭和3年)の開業と同時に建設された鉄骨造の鉄塔で、架線に供給される電力を支える「引留め」の役割を約1世紀にわたり果たし続けてきました。
2007年(平成19年)7月31日、駅舎・電車庫・変電所・受電鉄塔・避雷鉄塔・中継鉄塔とともに国の登録有形文化財に登録。大胡駅に残る7件の登録文化財群の一つとして、日本の地方鉄道近代化の歩みを今に伝えています。
引留鉄塔とは
鉄道の電力供給システムにおいて、引留鉄塔は架線やき電線(母線)の端末部分をしっかりと固定し、電線の張力を受け止める役割を担う構造物です。通常の支持塔が電線を上方に吊り下げるだけなのに対し、引留鉄塔は電線の水平方向の張力に耐えなければならず、より堅牢な構造設計が求められます。
大胡駅の引留鉄塔は、電力会社から高圧交流電力を受け取る受電鉄塔、落雷から設備を守る避雷鉄塔、電力を中継する中継鉄塔の3基と組み合わさって機能しています。これら4基の鉄塔と隣接する変電所が一体となり、6万ボルトの交流を1,500ボルトの直流に変換して上毛線全線の電車を動かす、完結した電力供給システムを構成しています。
上毛電気鉄道と大胡駅の歴史
上毛電気鉄道は、群馬県の中心都市である前橋市と織物の町・桐生市を結ぶ鉄道として誕生しました。1928年(昭和3年)11月10日に全線25.4キロメートルが開業し、当時の群馬県の基幹産業であった養蚕・製糸業の発展を支える重要な交通手段となりました。
大胡駅は路線のほぼ中間に位置し、上毛電気鉄道唯一の車両基地である大胡電車庫や整備工場、変電所を備えた運営の中枢拠点として設計されました。引留鉄塔はこの電力インフラの一部として建設され、開業から約1世紀を経た現在も現役で稼働していることは、当時の建設技術の確かさを物語っています。
上毛電気鉄道は大胡を起点に本庄方面への延伸免許も取得していましたが、昭和の大恐慌の影響で計画は実現しませんでした。現在は赤城山南麓の観光アクセス路線として親しまれるとともに、沿線住民の日常の足として重要な役割を担い続けています。
登録有形文化財としての価値
引留鉄塔が登録有形文化財として評価された理由は、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という登録基準に基づいています。
第一に、昭和初期の鉄道電力設備の構造技術をそのまま保存している点が挙げられます。等辺山形鋼(アングル材)をワーレントラス型に組み立て、ボルト接合で固定するという当時の標準的な構造手法が、ほぼ原型のまま残されています。第二に、約1世紀にわたって現役の設備として機能し続けている「生きた産業遺産」であることです。第三に、駅舎・電車庫・変電所・受電鉄塔・避雷鉄塔・中継鉄塔とともに開業当時の鉄道インフラが一式揃って現存するという、全国的にも極めて稀な事例である点です。
大胡駅一帯は2007年度に土木学会選奨土木遺産にも認定されており、群馬県近代化遺産としても登録されています。複数の評価機関から認められた、日本の近代産業遺産の貴重な資産です。
構造・技術的特徴
引留鉄塔は鉄骨造で、等辺山形鋼(アングル材)をワーレントラス型に組み立てた構造です。ワーレントラスは三角形を交互に配列した骨組み構造で、軽量でありながら高い強度を実現できるため、1920年代の日本で橋梁や鉄塔に広く用いられていた先進的な工法でした。
各部材の接合にはボルトが用いられています。これは小規模な鉄骨構造物における当時の標準的な組立方法で、リベットや溶接に比べて現場での施工が容易という利点がありました。鉄塔の要所には長幹碍子(ちょうかんがいし)が取り付けられており、電流が鉄骨に漏れることを防いでいます。釉薬をかけた磁器製の碍子は、工業的な構造物に独特の美しさを添えています。
大胡駅の4基の鉄塔はいずれも門形(もんがた)の形状を基本としていますが、受電鉄塔は南北に配された2基の門形鉄塔を連結した「椅子形」という独特の形状を見せるなど、それぞれの機能に応じた設計の違いを観察することができます。
見どころ・魅力
引留鉄塔単体のスケールは決して大きくありませんが、大胡駅全体として見た時の価値は計り知れません。開業当時の駅舎・電車庫・変電所・4基の鉄塔群が一か所にまとまって残るこの光景は、まるで昭和初期の鉄道施設をそのまま屋外博物館にしたかのようです。
最大の見どころは大胡電車庫です。木造板張りでキングポストトラス構造の小屋組みを持つこの建物は、現存する日本初期の電車庫の遺構として知られています。庫内にはデハ101・104型電車、デキ3021電気機関車、テ241貨車といった貴重な車両が保存展示されており、鉄道ファンならずとも心躍る空間です。
変電所は建設当時の勢多郡内で唯一の鉄筋コンクリート造建造物だったと伝えられる堂々たる建物で、縦長窓や蛇腹の装飾など、機能一辺倒ではない意匠も見どころです。ホームや周辺から眺める4基の鉄塔群は、赤城山を背景に独特の産業景観を作り出しています。
駅舎そのものも下見板張りと漆喰塗りの外装を持つ木造平屋建てで、開業当時の温かみある佇まいを今に伝えています。
アクセス・見学情報
大胡駅は上毛電気鉄道上毛線の駅で、中央前橋駅から約20分、西桐生駅から約30分の位置にあります。列車は日中おおむね30分間隔で運行されています。
駅の外観、ホーム、鉄塔群・変電所の外観は営業時間内(毎日5:30〜23:30)に自由に見学できます。大胡電車庫の内部見学は、通常は毎年1月・4月・10月頃に開催される「上毛電鉄感謝フェア」の際に可能です。団体での見学は事前に相談が必要です。
上毛電気鉄道では、朝夕のラッシュ時間帯を除き自転車をそのまま車内に持ち込める「サイクルトレイン」や、大胡駅での無料レンタサイクルといったサービスも提供しており、沿線の周遊にも便利です。
周辺情報
大胡駅周辺には自然と触れ合えるスポットが点在しています。「ぐりーんふらわー牧場」はふるさとバスで約30分の牧歌的な公園で、家族連れに人気です。「ぐんまフラワーパーク」は駅から約6キロメートルに位置し、季節ごとの花々を楽しめる大規模な庭園施設です。
赤城山南麓にはハイキングコースや赤城温泉郷があり、春の桜、夏の新緑、秋の紅葉と四季折々の景色を満喫できます。上毛線沿線では大胡駅近くの荒砥川橋梁も登録有形文化財であり、終点の西桐生駅にはマンサード屋根が特徴的な1928年建設の洋風駅舎が残っています。鉄道遺産を巡る沿線旅も魅力的です。
おすすめの訪問時期
大胡駅一帯は通年で見学可能ですが、季節によってそれぞれの楽しみがあります。春は周辺の桜並木、秋は赤城山の紅葉が鉄塔群の背景を鮮やかに彩ります。「上毛電鉄感謝フェア」の開催時期は電車庫内部の見学や貴重な車両の公開が行われ、最も充実した体験ができるでしょう。
冬は空気が澄んで赤城山の冠雪が美しく、産業遺産のシルエットとの対比を写真に収めるには絶好の時期です。群馬県は冬季の晴天率が高いため、屋外見学の条件にも恵まれます。ただし駅周辺は風の通りが良いため、暖かい服装をお勧めします。
基本情報
| 名称 | 上毛電気鉄道大胡駅引留鉄塔(じょうもうでんきてつどうおおごえきひきとめてっとう) |
|---|---|
| 文化財区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2007年(平成19年)7月31日 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 建設年 | 1928年(昭和3年) |
| 構造 | 鉄骨造(等辺山形鋼によるワーレントラス型、ボルト接合) |
| 員数 | 1基(4基の鉄塔群の一つ) |
| 所在地 | 群馬県前橋市茂木町30-2他 |
| 所有者 | 上毛電気鉄道株式会社 |
| アクセス | 上毛電気鉄道上毛線 大胡駅(中央前橋駅から約20分) |
| 駅営業時間 | 毎日 5:30~23:30 |
| 見学料 | 無料(外観見学)/電車庫見学はイベント時に実施 |
Q&A
- 引留鉄塔とはどのような構造物ですか?
- 引留鉄塔は、鉄道の電力供給用の架線(母線)の端末部分を固定し、電線の張力を受け止める鉄骨造の構造物です。大胡駅の引留鉄塔は1928年の開業時に建設され、受電鉄塔・避雷鉄塔・中継鉄塔とともに変電所の一連の電力設備を構成しています。約1世紀にわたって現役で稼働し続けている貴重な近代産業遺産です。
- 引留鉄塔に近づいて見学・撮影できますか?
- 鉄塔は駅のホームや周辺の公共エリアから見学・撮影が可能です。ただし、現役の電力設備であるため、鉄塔の基部への直接のアクセスは安全上制限されています。上毛電鉄感謝フェアなどのイベント時にはより近くから見学できる機会もあります。
- 大胡電車庫の見学はいつできますか?
- 大胡電車庫の一般公開は、毎年1月・4月・10月頃に開催される「上毛電鉄感謝フェア」の際に行われるのが通例です。庫内にはデハ101・104型電車や電気機関車などの貴重な車両が保存されています。最新の開催情報は上毛電気鉄道公式サイトでご確認ください。
- 東京からのアクセス方法を教えてください。
- 東京からはJR高崎線または上越新幹線で高崎駅まで行き、JR両毛線に乗り換えて前橋駅へ。前橋駅から徒歩またはバスで中央前橋駅に移動し、上毛電気鉄道上毛線に乗って大胡駅まで約20分です。東京からの所要時間は乗り継ぎを含めて約2時間半~3時間程度です。
- 大胡駅周辺で他に見られる登録有形文化財はありますか?
- 大胡駅構内だけで7件の登録有形文化財があります。引留鉄塔のほか、駅舎、電車庫、変電所、受電鉄塔、避雷鉄塔、中継鉄塔がすべて1928年の開業当時のものです。また近隣の荒砥川橋梁も登録有形文化財に登録されており、さらに上毛線の終点・西桐生駅の駅舎とホーム上屋も文化財に登録されています。
参考文献
- 国指定文化財等データベース — 上毛電気鉄道大胡駅駅舎
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00006589
- 文化遺産オンライン — 上毛電気鉄道大胡駅受電鉄塔
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/153195
- 文化遺産オンライン — 上毛電気鉄道大胡駅中継鉄塔
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/119667
- 文化遺産オンライン — 上毛電気鉄道大胡駅変電所
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/119464
- 上毛電気鉄道公式サイト — 登録有形文化財
- https://jomorailway.com/assets.html
- 上毛電気鉄道公式サイト — 大胡電車庫見学
- https://jomorailway.com/garage.html
- 大胡駅 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%83%A1%E9%A7%85
- 上毛電気鉄道公式サイト — 大胡駅
- https://jomorailway.com/oogo.html
最終更新日: 2026.03.23