曳家で移された寄宿舎、いまは資料館の受付

森秀織物旧寄宿舎二は、群馬県桐生市東4丁目の森秀織物の敷地北東隅に建つ、大正13年(1924年)頃の木造平屋建の寄宿舎で、昭和56年(1981年)に曳屋で現在地へ移され、平成18年(2006年)8月3日に登録有形文化財に登録された。

文化庁の記録では桁行6.5メートル、梁間7.5メートル、建築面積62平方メートル。入母屋造、桟瓦葺で、南側は旧撚糸場に接し、それ以外の面には下屋が付く。現在は織物参考館“紫”の受付とミュージアムショップとして使われ、資料館を訪れる人が最初に入る建物になっている。

登録番号は10-0176。文化庁は、数の少なくなった旧寄宿舎の遺構と評価している。

森秀織物旧寄宿舎二の移築と改造

桐生市の資料によると、かつて森秀織物の敷地は、いまの駐車場に接する市道の北側まで広がり、社宅や寄宿舎が建ち並んでいた。昭和56年(1981年)に織物参考館“紫”を開館するにあたり、市道の北にあった寄宿舎の南側を切り離して現在地へ曳いて移し、正面を西に向けて据え直したのが森秀織物旧寄宿舎二である。

移したあと、敷地の形に合わせて三角形の下屋が足された。北の辺で0.70メートル、南の辺で1.37メートルという、斜めに振れた下屋である。南西の角には張り出した受付と資料館の門が取り付けられ、内部は受付と売店のために間仕切りを外し、床をコンクリートの叩きにした。平成23年(2011年)には北側に非常口を兼ねた出入口が新設されている。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録有形文化財は、使い続けるための改修を受け入れながら建物を残していく制度であり、森秀織物旧寄宿舎二はその使われ方をよく示す例といえる。

森秀織物旧寄宿舎二の見どころ

外から見ると、入母屋の屋根の三方に下屋が回り、そのうち一面が斜めに振れているのが分かる。曳家の際に敷地へ合わせた跡で、建物が一度動いたことを形で示している。

文化庁によれば、かつては北側以外の面に窓などの開口部があったが、現在は西側だけに戸口を開いている。受付の窓口から通路側を眺めると、旧撚糸場と一続きに並ぶ北東隅の構えがつかめる。

森秀織物旧寄宿舎二の見学

森秀織物旧寄宿舎二は織物参考館“紫”の受付として使われており、資料館に入館する際に内部を通る。ミュージアムショップもこの建物の中にある。開館時間と入館料は森秀織物のページにまとめてある。撮影の可否は受付で確かめたい。

Q&A

Q森秀織物旧寄宿舎二はいつ建てられ、いつ移されたのですか?
A大正13年(1924年)頃の建築で、昭和56年(1981年)に織物参考館“紫”を開く際、市道の北にあった寄宿舎の南側を切り離して曳家で現在地へ移しました。
Q森秀織物旧寄宿舎二はいつ登録有形文化財になりましたか?
A平成18年(2006年)8月3日に登録されました。登録番号は10-0176です。
Q森秀織物旧寄宿舎二は今どのように使われていますか?
A織物参考館“紫”の受付とミュージアムショップとして使われています。
Q森秀織物旧寄宿舎二の三角形の下屋とは何ですか?
A移築後に敷地の形に合わせて足された下屋で、北の辺が0.70メートル、南の辺が1.37メートルの斜めの形をしています。
Q森秀織物旧寄宿舎二の中に入れますか?
Aはい。織物参考館“紫”の受付なので、入館の際に内部を通ります。開館時間や入館料は資料館の案内に従ってください。

基本情報

名称森秀織物旧寄宿舎二(もりひでおりものきゅうきしゅくしゃに)
所在地群馬県桐生市東4-2-24
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積62㎡、桁行6.5m・梁間7.5m
所有者森秀織物株式会社
公開状況織物参考館“紫”の受付・ミュージアムショップとして公開(入館料が必要)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)森秀織物旧寄宿舎二
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005570
桐生市 森秀織物工場
https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/bunkazai/1010700/kunitouroku/1002000.html
桐生市 森秀織物工場(織物参考館“紫”)解説資料(PDF)
https://www.city.kiryu.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/000/yukari-2.pdf
桐生市 織物参考館“紫”
https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/spot/kiryu/1001866.html

最終更新日: 2026.10.06