短刀〈銘左/筑州住〉とは

短刀〈銘左/筑州住〉は、南北朝時代(14世紀)に筑前の刀工左が作った短刀で、広島県福山市西町のふくやま美術館が所蔵し、昭和27年(1952年)11月22日に国宝に指定された。号を「じゅらく」といい、現在は「太閤左文字」の名で呼ばれる。刃長は23.6センチメートル、茎長は8.8センチメートルである(ふくやま美術館)。

ふくやま美術館によれば、左は実阿の子で、筑前隠岐の浜(現在の福岡市博多区)に住み、左衛門三郎の「左」を銘とした刀工とされる。昭和9年(1934年)に旧法で指定され、文化財保護法のもとで国宝となった。

小松安弘コレクションは、福山市に本社を置く株式会社エフピコの創業者、故小松安弘氏が収集した国宝7口、重要文化財6口、特別重要刀剣1口の計14口の日本刀で、2018年(平成30年)11月に小松啓子氏から福山市に寄贈された(ふくやま美術館)。

国宝に指定された理由

左が得意とした短刀は姿のよさが特徴で、とりわけ物打ちからふくらへかけての線が美しい。ふくやま美術館は、小板目に細かな地景が入って冴えた地鉄と、のたれを主調とした白く冴える焼刃の釣り合いが特に優れ、本作が左の短刀の特徴を最もよく示していると評している。

来歴も明らかである。本阿弥光徳が豊臣秀吉の蔵刀を描いた光徳刀絵図(埋忠寿斉本)にこの短刀が載り、「志ゆらく 七寸八分半」と注記があることから、じゅらく(聚楽)の号があったことが分かる。太閤左文字の名は昭和になって付けられたものと美術館はみている。

見どころ

刀身では、物打ちからふくらにかけての曲線に注目したい。左の短刀の姿のよさが最もよく表れる部分である。地鉄の細かな地景と、白く冴えたのたれの刃文の対比も見どころである。

伝来もたどりたい。ふくやま美術館によれば、秀吉から徳川家康に贈られ、秀忠の指料となり、その後、遠州浜松の井上家に伝わった。江戸時代後期の作とみられる金襴包の合口腰刀拵が付属している。

鑑賞について

ふくやま美術館では、小松安弘コレクションの刀剣を所蔵品展や特別展で入れ替えながら展示している。常設展示ではないので、展示の予定は美術館の「小松安弘コレクション展示情報」で確かめたい。

開館時間は午前9時30分から午後5時、休館日は月曜日(祝休日の場合は翌日)と年末年始。所蔵品展の観覧料は一般310円で、高校生以下は無料である。展覧会場内での撮影はできない。美術館はJR福山駅北口から西へ約400メートル、所在地は広島県福山市西町二丁目4番3号(電話084-932-2345)。

Q&A

Q短刀〈銘左/筑州住〉はなぜ太閤左文字と呼ばれるのですか?
A豊臣秀吉の蔵刀だったためです。光徳刀絵図に「志ゆらく」と記され、もとの号はじゅらく(聚楽)でした。太閤左文字の名は昭和に付けられたとみられています。
Q短刀〈銘左/筑州住〉はいつ国宝に指定されましたか?
A昭和27年(1952年)11月22日に国宝に指定されました。
Q短刀〈銘左/筑州住〉の大きさは?
A刃長23.6センチメートル、茎長8.8センチメートルです。
Q左とはどのような刀工ですか?
A南北朝時代に筑前隠岐の浜に住んだ刀工で、左衛門三郎の「左」を銘としたとされます。短刀を得意としました。
Q短刀〈銘左/筑州住〉はいつ見られますか?
Aふくやま美術館の所蔵品展や特別展で入れ替えながら展示されます。常設ではないので、美術館の展示情報で確認が必要です。

基本情報

名称短刀〈銘左/筑州住〉(号じゅらく・太閤左文字)
所在地広島県福山市西町2-4-3(ふくやま美術館)
指定区分国宝(美術工芸品・工芸品)
指定年昭和27年(1952年)11月22日国宝指定(昭和9年(1934年)1月30日旧法指定)
員数1口
寸法刃長23.6センチメートル、茎長8.8センチメートル
所有者福山市
公開状況ふくやま美術館の所蔵品展・特別展で随時展示(常設ではない)

参考文献

小松安弘コレクションについて(ふくやま美術館)
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/site/fukuyama-museum/194068.html
小松安弘コレクション展示情報(ふくやま美術館)
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/site/fukuyama-museum/201121.html
施設利用案内(ふくやま美術館)
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/site/fukuyama-museum/2912.html

最終更新日: 2026.10.04